2021/9/1

不動産投資の学び提供&不動産収支管理SaaSにより「不動産の民主化」を目指す

株式会社ヤモリ|代表取締役 藤澤 正太郎

2020年度の第3回1stRound支援先の一つである株式会社ヤモリ201911月の創業以来、「不動産の民主化」をミッションに掲げて、不動産オーナーの賃貸経営業務を効率化するクラウドサービスを展開している。代表取締役の藤澤正太郎氏は三菱商事の出身で、同社では海外インフラ投資や住宅関連事業の立ち上げなどに従事してきた。その安定したポジションを投げ打ってまで起業した思いと、事業アイデア、そして今後の展開について聞いた。

 

不動産投資の学習から調査、購入、運営までワンストップで支援

―まず事業とミッションについて、教えてください。

ミッションは「不動産の民主化」で、大家業のプレーヤーを増やし、かつ既存大家の経営サポートを通して賃貸事業の案件数と質を上げることで、賃貸市場の活性化、住居環境の向上を図ることを目指しています。

具体的には、クラウドサービスを軸に、不動産投資の学習から物件調査、現地調査、購入、運営、売却・建て替えというバリューチェーンをワンストップでサポートしていくということ。サービスとしては「大家のヤモリ」「管理会社のヤモリ」というクラウドソフトウェアのサービスを提供しており、従来はエクセルなどでこまめに管理するか、管理会社に丸投げされてきたものを、不動産オーナーPC・スマホで一元管理できるようにしました。

―不動産領域の課題に取り組まれているわけですね。

そうですね。マクロの視点では空き家問題があり、中古物件をどう維持していくか、生活インフラとして必要不可欠な住居をどうメンテナンスしていくかは、大きな社会課題です。また、高齢単身者や低所得層に開かれた賃貸環境が足りていないというのも課題です。つまり、放置された中古物件は増え続けているのに、需要はあっても入れない層が増えているわけで、賃貸市場を活性化していかねばという課題意識が自身ありました。

実際、不動産投資は経済的成功者や生まれつきの地主家系が行うイメージですが、世界ではもっと身近です。日本でも不動産オーナーの裾野が広がれば、そこに資金が流れ、休眠中の資産をよみがえらせて賃貸需要につながって市場を活性化できるでしょう。そのために、より多くの人が透明性ある情報で不動産投資にアクセスできるようにして、一般の人たちが、この一見難しいと思われた不動産投資の世界に入りやすくしたいと考えたのです。

こう語ると簡単ですが、実は、不動産オーナーにフォーカスした今のビジネスモデルに至るまでは、かなりの試行錯誤がありました。三度目の正直、ですね。

 

―マネタイズ手法が新しい、ということでしょうか。

不動産市場にはオーナーがいて、物件を管理する管理会社がいて、その下に工務店や大工がいて成り立っています。この業界構造のなかで、ヤモリの不動産サービスの出発点にいるのはオーナーですが、よくあるのはオーナー向けに不動産セミナーを行って物件を販売するモデル。その時点で利益が確定して仲介手数料や販売益を得られますが、それではオーナーに真のメリットを提供できるとは限りません。

そこで当社では、購入から保有期間に亘って物件の価値向上をITで提供することとしました。オーナーからすると当社は同じ目線で親身にアドバイスとツールを提供する存在であり、売買で稼ぐという不動産業界の常識からは外れます。そこが、スタートアップとして挑戦する面白さですね。不動産を購入すると2030年、あるいは相続して50100年物件を維持していくことになります。当社ではそのライフタイムの全てに寄り添い、オーナーに価値提供してビジネスにしていきます。そこが従来の不動産ビジネスモデルとの違いですね。

起業テーマを定めてから、三度目の正直でサービスを確定

―そもそも三菱商事勤務から、起業をするのはすごいチャレンジに思えます。どのような経緯や思いがあったのですか?

もともと不動産やインフラ領域で価値を出したいと思っており、三菱商事での仕事のやりがいと安定性、そこでの充実感や幸福度はものすごくありました。ただ30代前半で、また新しいプロジェクトが始まろうとしていたときに、それまで9年間の組織人としてのチャレンジにある意味限界を感じていました。個人でのモチベーションとうらはらに、本質的なビジネスの意思決定は会社の事情とか、いろんなものをすり合わせていかねばなりません。本当に価値あるものをつくりたいなら、自分が意思決定するべく、組織を飛び出すべきではないか。そんなことを薄々感じていたわけです。

とはいえ、自分も大企業にいるからこそ大きな仕事ができてきたわけで、飛び出して何かやるといっても、どうやって生きていくのかと不安しかありません。割り切ってまた45年新しいプロジェクトに入るのか、思い切って起業してみようかと相当思い悩みましたが、最後は自分の本気度を信じて会社を辞め、退路を断ったのです。

 

―退職から起業まで、試行錯誤という話もありましたが、どのような経過だったのですか。

 20196月に退職して、まず行ったのはエンジニア探しでした。退職した翌日すぐ、大学の後輩である優秀なエンジニアをランチに誘い、テキストで書いたアイデアを見せて熱く語ったのです。たぶんスゴイ形相だったでしょう。こちらの熱量に押されるような形で手伝ってくれることになりました。ですが、ここからしばらくが闇歴史で・・・、最初に作ったのは、見積りを送ると近くの工務店とつながるマッチングアプリです。私のアイデアに沿ってエンジニアが開発を進めるなか、私はとにかく営業しなければと、工務店に電話をしまくりました。商社時代にチリ駐在をして、異文化も気にせず駆けずり回った経験があるので、現場でのヒアリングや行動力には自信があります。そこでけっこう相手もしてもらえて、その行動自体に満足してしまったところがありました。

ですが、ユーザーとして価値を感じてもらえるかは別問題で、なかなか商談には至りません。そうするうちにエンジニアが大手IT企業にヘッドハンティングされてしまい、また1人になってしまいます。

 

―それはピンチですね。どのように乗り越えたのですか。

プロダクトも、作っているときは良さそうに思えるのですが、ユーザーヒアリングで出てきたことを盛り込むうちに当初のコンセプトから外れてしまっており、一度それを捨てて、リセットすることとしました。再度、解決したい課題は何だったかと見つめ直すところからですね。

そうして次に考えたのが、管理会社やハウスメーカーが工務店に発注するプロセスを効率化するツールです。実はこのアイデアで、2019年度の東大IPCに応募しており、最終選考まで残るんです。ヒアリングは重ねているので説得力があったのと、熱量をもって語れたからでしょう。その時点でエンジニアがおらず、採択されればそれが探しやすく、ビジネスとして商談も進めやすいのではという幻想を抱いていましたが、いい意味でそこで落とされ、またゼロベースに戻ったのです。

 

50人目で出会えた、条件ピタリのエンジニア

―なるほど。それで三度目の正直で、「大家のヤモリ」が生まれるのですね。

そうです。管理会社にとってのクライアントである、不動産オーナーに絞って、アイデアを洗練させていきました。そのときにヒアリングしていたうちの1人が、後に共同創業者・取締役となる廣瀬です。彼はまだ当時、三菱商事勤務でしたが直接面識はなく、サラリーマンですが20棟もの不動産投資を成功させている「不動産王」として紹介をされました。彼とプロトタイプを見ながら語り合うことで不動産オーナーの課題の解像度が一気に上がり、意気投合して一緒に創業することとなりました。彼の不動産オーナーとしての知見とネットワークは言うまでもないですが、どういう社会を実現したいのかというビジョンを同じ目線で持てて、彼の人間性が何より素晴らしく会社の強みにもなっています。

 

―それでビジネスサイドは磐石ですが、肝心のエンジニアはどうなったのですか。

それもちょうど、私が大学時代に作ったサークル仲間に、日本にいる米国人のエンジニアがいて、彼の仕事の区切りもよくタイミングに恵まれ、一緒にやることが決まりました。もちろん求めていた能力的にもピッタリでした。

ですが、彼と出会うまで、50人くらいのエンジニアに会い続けているんです。毎回一番優秀と思うエンジニアを紹介してくださいと頭を下げて、誰かしらの紹介で会うのですが、アイデアを話すと大抵はボロクソに言われます(笑)。それの何が技術的に面白いのか、価値はあるのか、ビジネスとして成り立つのかと細かく聞かれ、最後にフィーの話になりますが、「今はほぼボランティアになるが、株を持ってもらい、一緒にやりましょう」と言われても、それでやろうとはならないもの。

そんな風に、毎日のように引く手あまたのエンジニアの人たちといろいろ話しても、なかなかよい人が見つからないというのは、起業によくある話ですが、それをやり続けるのはかなり堪えました。しかし、最終的によい仲間がパタパタと揃うタイミングというのはあるもので、それが201911月。6月の退職から5ヵ月で、いま経営チームになっている3人が集まった瞬間に、すぐ会社を設立しました。

 

―セレンディピティってあるんですね。諦めずに追い求めているからでしょうか。

そうですね・・・。時間を巻き戻してもう一度やっても、この2人に奇跡的に出会わなかったら、同じヤモリはできていないでしょう。また、アイデアを信じて、やり切ることのできる「理由」が必要な気がします。社会的意義でも、変革への思いでも、自身の意地でも何でもよいので、粘り強くやれる理由と、そこに楽しさと幸せを見出せていないと、起業やその後の経営はやっていけないと思います。

50人ものエンジニアに断られれば、自分がエンジニアでもないのにITビジネスなんて考えるべきじゃなかったと思ったり、ヒアリングした不動産オーナーがサービスに無関心だったりが続けば、こんなアイデアは必要とされてないのだとあきらめたくもなります。止める理由の方が圧倒的に多いので、そのなかでやり切るには外部圧力に負けない「強い理由」が自分のなかに必要なんです。

「不動産の民主化」のため、ユーザーの裾野を広げる「学習」も事業化

―その甲斐あって、いま順調にユーザーを伸ばしていますね。

おかげ様で、「大家のヤモリ」は現在約700名以上の不動産オーナーに使われています(20218月現在)。さらに反響が予想以上だったのが、不動産投資の初心者向け無料学習メディア「ヤモリの学校」と、物件探しから管理・売却まで寄り添ってサポートするサービス「ヤモリの家庭教師」です。特に「ヤモリの家庭教師」は20214月に開始して、4ヶ月で会員数220名となり、すでに多くの人が金融機関からの融資や物件購入を果たしています。何より会員との間に「教師と生徒」のような関係ができ、感謝の手紙や言葉が続々届いているのです。起業して良かったと思えますし、ゼロからこのような価値創出ができたことは活力になります。

 

―すると、不動産オーナーを育てる「学習」部分も事業の柱になりそうですね。

そうなんです。「大家のヤモリ」のユーザーを増やすことも大事ですが、そもそも不動産投資について知識のない人、接点のなかった人にもこの世界に入ってきてもらうには、学習や物件の見極め方などをしっかりサポートしていく必要があるでしょう。その部分に本気で取り組んでいる企業がほかにはないですし、当社では無料の情報発信についても、ミッションである「不動産の民主化」に資するという経営判断で、積極的に行っています。

単にユーザーを増やすなら、いわゆる「大家の会」を周るほうがいいといった議論もありましたが、ミッションに従うなら、意味ある情報を発信するほうが先だと考えました。SaaSのユーザーを増やすとか、クラウド技術を使うのはあくまで手段であり、不動産投資や中古・空き家物件の活性化が目的。そこを履き違えないようにしなければと思っています。

 

全員がgiveするコミュニティに、立ち上げ期を支えられた

 ―東大IPCは、退職直後の20196月に以前のアイデアで決勝まで残り、1年後のリベンジで「ヤモリ」で採択されたわけですが、何を期待されてのことですか。

リベンジしたのは、1年間試行錯誤して、アイデアをブラッシュアップでき、良いチームもできたことを報告したいといった気持ちからでした。実はこれ以外、アクセラレータプログラムやピッチイベントも一切、参加していないんです。日本では、東大IPC1stroundFoundXのように真摯に、起業家目線で、出資とは別で金銭面・リソース面で起業を支援するプログラムは他にありません。

また、事業立ち上げ期に本当に欲しいのは、事業をブラッシュアップするための経験者の意見です。本プログラムでは、コミュニティの全員がgiveする世界。起業家にとって立ち上げ期の、いわば暗黒期に光をもらえましたので、私も今でも相談を求められれば積極的に時間をとっています。

 

―支援内容で役立ったのは何でしょうか。

一番は、数多の起業をみてきた専門家からアドバイスをもらえることです。起業家と同じ目線で、この事業をどうやればうまくいくか、何が足りていないかを一緒に考え抜いてもらえるわけですね。たとえば、大まかな事業モデルからさらに、ターゲット顧客の設定のし方や具体的なアプローチ方法などに落とし込んだときに、それぞれについて他のスタートアップの事例が豊富です。そうした事業戦略の細かい施策において、成功・失敗例を多数知れたのは良い判断材料になりました。事例を自分が知り合いの起業家に聞いて回るのでは足りませんが、参考になるケースを吸い上げて戦略に落とし込めるというのは、一番価値があったと思います。

ー最後に、今後の展望について教えてください。

2021年6月に5,000万円の資金調達を行いましたが、ユーザーのためになる機能追加やシステムの強化、 オペレーション体制の強化は考えていきたいです。ただ、無闇に投資して事業拡大を狙うのではなく、少数精鋭で筋肉質な体制は守っていきたい。 いま、インターンを含めて約10名の組織ですが、コアメンバーは4名。また、フルリモートワークで、経営チームも東京・福岡・シアトルと各地に散っています。既成概念にとらわれない組織や事業、会社にしていきたいですね。

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