2024/9/5

ミリ波ネットワークの実装によって、超高速かつ信頼性の高い無線通信をすべての人に提供できる世界を目指す

株式会社Visban | 代表取締役 エスビー・チャー

東大IPCでは、「協創ファンド」「AOI1号ファンド」を通じ、国内外70社を超える大学関連のスタートアップに投資を行っている。その投資先であるスタートアップの経営者が描くビジョンや展開するビジネスの魅力、可能性について、投資担当者と一緒に語るシリーズの第1回目は、株式会社Visban(ヴィスバン)。2022年9月に設立し、通信のミニ基地局をガラス基板で作る、低コスト&高信頼性のミリ波ネットワークデバイスを開発している同社は、2024年9月に4億円の資金調達を発表している。代表取締役のエスビー・チャー(以下、SB)氏と、投資担当者の古川圭祐氏に聞いた。

低コスト&高信頼性のミリ波ネットワークで世界を変える

―SBさんはVisbanの前にもアメリカやイギリスでスタートアップのCEOやご自身での起業を経験されてきたそうですが、詳しく教えてください。

SB:私は約20年前に、事業開発やマーケティングを手がけるイギリスの会社が、日本の化学会社とジョイントベンチャーを作る際に日本に転勤となりました。それ以来、日本を生活のベースとしています。その後、イギリスのスタートアップのCEOを務めたときも日本からコミットしており、そのときに現VisbanのCTOである、ディスプレイや半導体研究の第一人者アロキア・ネイサン博士と出会いました。そして2012年よりアメリカのKinestral TechnologiesのCEOに就任。ビル・住宅向けのスマート調光ガラスを開発・製造するスタートアップであり、このときに初めて最先端のディスプレイ技術を新たな業界、ここでは建設業界に適用して革新的なプロダクトを創って、コスト削減などの価値を生み出す経験をしました。

この会社にいた8年間で、社員10人から400人という事業成長や、500億円相当の資金調達を成し遂げています。日本では旭硝子(AGC)とのパートナーシップで量産化を目指し、台湾にて鴻海((Foxconn)グループ)のディスプレイ子会社と工場を立ち上げる経験もしました。最後の5年は日本と台湾、アメリカを1週間ごとに行き来する生活でしたが、コロナ禍になってその形態が難しくなり退職しました。そうして次のビジネス機会を探るなかで、再びアロキアとディスプレイ技術を新たな業界に適用することを考え、彼が教授を務めるケンブリッジ大学発のスタートアップとして、イギリスでVisbanを共同創業したのです。

―通信業界をディスプレイ技術の適用先に選んだ理由と、通信業界ならではの面白さや魅力を教えてください。

SB:様々な業界を検討しましたが、特に通信業界はガラスやディスプレイ技術を適用するのに課題が多く、その分ビジネスの余地も大きい。今後5G、6Gと技術が進むなかで可能性を感じたのです。また、研究を始めるだけでなく、事業構築に必要な特許を取得することが重要だったため、すぐに会社を設立し、特許を蓄積していきました。

実際に手がけてみて感じたのは、通信業界は常に可能性の限界に挑戦している点や、人々の生活に密着しているという点で、大変やりがいのある分野だということです。ミリ波通信によって完全に信頼できる通信網が整備されれば、高度なロボティクスやスマートシティ、AR/VRが現実となる。そこで重要な役割を果たせるのは、非常にエキサイティングなことです。

―その後、2022年9月にVisbanを日本で設立したのはなぜですか。

SB:イギリスでは必要なディスプレイや通信エンジニアの母数が少なく、採用が困難だったのです。そこで他国をリサーチしたところ、日本に魅力を感じました。また、ミリ波で使われる材料や部品は、日本の製造業が非常に強い領域です。そこで、日本の産業界とネットワークのある桑田良介氏にも共同創業者に加わってもらい、日本でVisbanを設立しました。

ハード/ソフトウェア両方の優秀なエンジニアが集結

―その後、2023年度の第8回1stRoundに採択されましたが、改めてVisbanの事業について教えてください。

SB:当社は、次世代のミリ波メッシュネットワークを通じて、超高速・低遅延・高信頼の5G、6G無線通信を提供します。VR/AR、8K高解像度映像、自動運転などの高度化する技術に対応し、既存のミリ波の課題を克服することで、巨額の投資が必要となる基地局の増設を抑えつつ、広範囲に信頼性の高い通信の実現を目指しています。

―御社ならではの技術面の特徴は何ですか。

SB:ガラス上にRFデバイスを作ろうとしており、それには3つの要素が不可欠です。スマートな無線機器デバイスを作ること、それをガラス上に組み込むこと、そしてそれらの無線機器デバイス同士をネットワークとして動作させることです。この3つのケイパビリティを持つハードウェアエンジニアが日本には多数いると考えています。

さらに、このデバイスによってスマホなどを正しく機能させることが重要で、そのためのソフトウェアエンジニアも必要です。

もともと当社を創業した私もCTOのアロキア・ネイサン博士も、半導体や通信、ディスプレイなどの専門家で、ハードウェア技術に強みを持っています。さらに東大IPCから、モバイルネットワークや大容量無線通信の第一人者である、東京大学 特任助教の中里仁先生を紹介いただいたことで、中里先生のソフトウェアエンジニアチームとも協業でき、技術的優位性をますます高めています。

―このようなVisbanに、東大IPCが投資を決めたポイントを教えてください。

古川:まず創業メンバーが、海外でスタートアップの起業や経営を複数回経験しており、専門性の高いグローバルチームができているのが魅力でした。また、台湾におけるハードウェアの研究開発など、世界中の研究機関とも連携ができており、SBさんや桑田さんが業界ネットワークを持っていることから事業開発にも期待ができました。

さらに、圧倒的な技術力がベースにあり、今後の急成長市場である通信業界全体に提供できるような、ハード、ソフトを含めたプロダクトを作ろうとしている点がユニークだと思い、投資を決めたのです。

―通信関連にはスタートアップが数多存在しますが、そのなかでVisbanだった理由は何でしょうか?

古川:通信領域のスタートアップの多くは、IoTのようなデータ量の少ない領域のもの。ですがVisbanは5G、6Gという通信システムをターゲットとしており、それができるスタートアップは稀有です。5G、6Gは使われ方に議論があるものの、4Gが始まるときにも同様の議論はありました。しかし実際に提供されると、4Gならではの様々なアプリケーションが作られ、社会に欠かせないものとなりました。今後、通信各社が収益を維持、向上させるためにも高速通信が必要で、その点からも5G、6Gの普及は必然と思われます。そこで、ほぼ競合のないVisbanが存在感を示せるのです。

日米のスタートアップ文化を融合し、Visban流の意欲的な組織を目指す

―現在はどのようなチーム体制ですか?

SB:専任が私とアロキア、その他マーケティングマネージャーがアメリカに1人、ファイナンスマネージャーがイギリスに1人、日本にエンジニアが1人います。あとはインターンや副業で、ハードウェアエンジニアが3人、ソフトウェアで7人ですが、特に副業でとても優秀なメンバーが集まっています。無線通信システムの設計、開発、テスト、運用を行うRFエンジニアはそもそも希少な存在ですが、いま日本では大企業に所属しながら副業できる人が増えていて、当社で活躍いただいているのです。彼らにとってもスタートアップのダイナミックな動きを経験できる機会となっています。

―投資担当としては、現在のVisbanのチームをどう評価していますか?

古川:SBさん自身はイギリスで3年、アメリカで8年、CEOとしてトップマネジメントを務められてきました。そうした多文化な環境での経験と、日本のエンジニア文化を融合したような、新たなスタイルのスタートアップが創れると期待しています。

SB:Visbanとしてもそれを目指しています。アメリカのスタートアップは野心的なカルチャーで、かなりの努力を要する高い目標を設定し、それを達成していくクレイジーさがあります。一方で日本のエンジニアには、「できる」と言ったことは絶対やってくるような手堅さがあります。この2つの良いところを掛け合わせていきたいですね。

―そのために、日本のエンジニアに求めたいことは何でしょうか?

SB:日本でも野心的な目標を設定していくので、それに向けて恐れず挑戦していくことが大事です。そういうエンジニアをどんどん仲間に迎えたいですね。アメリカのスタートアップ文化では失敗を恐れず、むしろ早くから失敗を経験していくことで学びにしていきます。日本でも、バランスを見ながらそうしたやり方を適用させたいので、マネジメントとしても若手のうちから責任ある仕事を任せ、たくさんの失敗や挑戦を経験して成長してもらおうと考えています。大企業にいてはできないような経験ですね。

ですからエンジニアの皆さんにも、年齢に関わらず、失敗を恐れずに挑戦することを求めます。もちろん会社として、成功していく過程で得られる利益についても皆で共有し、個々人が正当に評価されてそれを享受できるようにと考えています。

―こうしたビジョンに対し、投資担当としてはどのように支援を行っていきますか?

古川:エンジニア採用に関してしっかりと支援していきます。1つ良い事例として、中里先生を紹介させていただいたことで実際にソフトウェアチームを作り上げられたのは、喜ばしく感じています。今後も東大IPCは、Visbanの採用活動のためにアンテナを立てていきます。実際、アメリカやイギリスなどスタートアップ先進国のカルチャーが、日本のエンジニア文化とどんな風に融合していくか、大変興味深いですね。同時に、SBさんなど日本人以外の方々が日本で働きやすいよう、日本のVCである東大IPCとして支援できることもあるでしょう。

SB:私自身、これまでスタートアップの経営や起業に携わり、世界の20以上のVCとつきあってきましたが、なかでも東大IPCは非常にサポーティブだと実感しています。資金を提供して終わりではなく、場所の提供や人材支援、広報・PRに関する支援まで、スタートアップに必要なあらゆることを実質的に助けてもらえており、大変感謝しています。

誰もがどこでもシームレスでほぼゼロ遅延の通信を利用できる未来を目指して

―チームは今後も、日本やアメリカなどの混合で大きくしていくのですか?

SB:日本の会社ですので、まずは日本で、事業の要となる通信、ディスプレイ関連のエンジニアを中心に採用を強化していきます。また、今後はAIエンジニアも必要になりますが、そこはアメリカも含めてチープアップを考えていきます。事業開発についても、アメリカ市場を狙うためにアメリカでチームを作るかもしれません。

いずれにしても、オフショアのエンジニア活用は考えず、基本的には社内でエンジニア自身が挑戦し、失敗を恐れずに自律的に動いていくチームにしていきます。そのためにも、互いにチャレンジしながら成長していける環境整備に注力しています。

すでに日本のトップクラスの大学出身者や大企業に勤める多くのエンジニアがVisbanに興味を持ってくれ、副業で参画しています。マネジメントとしてそれを受け止め、意見交換もしながら、個人にとっての挑戦も大事にしていきたい。優秀なエンジニアを多数迎え入れ、まずは最高の会社を作ることを優先していきます。

―では最後に改めて、そうしたチームで目指すゴールについてお聞かせください。

SB:Visbanが目指すのは、特に28GHz以上の周波数帯において、先進的なミリ波通信で実装することです。当社のデバイスをメッシュネットワーク化することにより、段階的な改善に留まらない大きな飛躍を遂げ、従来の通信基地局ではカバーし切れなかった難しい環境においても、超高速かつ信頼性の高い接続をすべての人に提供できる世界を目指しています。

そのためには、優秀なエンジニアが必要です。優秀なエンジニアを結集することで、Visbanは市場のリーダーとなり、人々の生活に持続的な変化をもたらすことができると信じています。最終的には、誰もがどこでもシームレスでほぼゼロ遅延の通信を利用できる未来。それが私たちのビジョンであり、成功の指標だと考えています。

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