日本のモノづくりの根幹である中小部品メーカーの支援を、見積システムから着手。目指すは、製造業のデジタルインフラ
2021年度の1stRound採択先の一つである匠技研工業株式会社(旧社名:LeadX(リードエックス)は、東京大学アントレプレナー道場の受講をきっかけとして、2020年2月に設立。日本のモノづくり産業が世界で飛躍するための支援を目指して掲げたミッションは、「フェアで持続可能な、誇れるモノづくりを。」。まずは経営インパクトの大きい見積業務の改善から取り組むべく、中小部品メーカー向け見積支援システム「匠フォース」を提供している。2022年9月にはシードラウンドで6,000万円の資金調達を発表した代表取締役社長兼CEOの前田将太氏に、起業の経緯や今後の展望を聞いた。
経営インパクトの大きい見積業務を「勘と経験」の属人化から救う
――まず、匠技研工業の事業について教えてください。
製造業は戦後日本の経済成長を支えてきた基幹産業ですが、根深い課題が山積しています。そのなかで当社が対象とするのは中小企業で、課題は大きいがこれまで着手できなかったり、自社単独の努力では解決が難しかったりといった課題の解決に挑戦しています。
特に経営インパクトの大きい課題が、見積業務の煩雑さです。日本の中小企業は赤字率が70%といわれており、さらには昨今、原材料費の高騰や社会からの賃上げ要請もある状況です。そんななかで、部品の値決めを行う見積業務は会社の売上や利益に直結し、その会社が持続的に存続できるかの根幹に関わります。当社では、日本に約15万社といわれる部品メーカーをサポートすることで、製造業における適正な取引、フェアトレードを実現していこうと考え、プロダクトを開発、提供しています。
――具体的には、見積業務の何が課題なのでしょうか。
特に多品種少量生産を行う部品メーカーでは、見積業務は日々発生するルーティンでありながら属人的になりやすく、勘や記憶、経験に頼りがちなものとなっています。これを、誰でも迅速かつ正確に行えるようにするのが、2022年9月に正式リリースした見積支援システム「匠フォース」です。
機能として、案件管理、図面管理、見積計算アシスト、見積書発行、AIによる類似図面検索およびリピート案件判定などを有しています。また各社の多様な見積に関するロジックや事情にも対応できるよう、柔軟なカスタマイズを可能としていますし、SaaSのサブスクで利用できるため、導入も容易です。今後も引き続き機能の改善を行っていきます。
アントレプレナー道場で刺激を受け、ラクロス部の仲間で起業
――会社設立は2020年2月ですが、起業の経緯を教えてください。
幼少期から弁護士を志し、東大法学部を卒業後はロースクールに進学して、弁護士を目指すつもりでした。しかし、東大の「アントレプレナー道場」という授業で起業に興味を持つようになり、東大OB起業家である㈱アストロスケールの岡田(光信)さんの講演が決め手になりました。いま世の中は便利になって課題が見えにくくなっているが、課題は理想の社会と現実の差分なので、理想を高く掲げればその差分が課題として見えてくる。だから、志を高く掲げて、その差分を埋めていくことに大きな意義がある、という内容です。自分もそのように社会に貢献していきたいと、起業を本気で目指すようになりました。
ちなみに、弁護士の家系だったので、父からは弁護士資格を取ってから起業することも勧められましたが、今は応援してくれています。逆に、イチ経営者として法律の相談を父にすることもあって、自分が弁護士になっていたらなかったであろう会話や関係性も生まれていて、よかったと思っています。
また、学部時代4年間は体育会ラクロス部で活動してきましたが、その仲間3人で共同創業しています。引退後も自分たちが夢中になれることをしていきたいと思い、まずはこの仲間で社会の課題を解決する事業をやっていこうと決めました。ですので最初は起業アイデアは全くない状態でのスタートでした。
――製造業の課題解決というテーマは、どのようにして決めたのですか。
実は創業当初は、自分たちにとって身近なテーマを扱っていました。旅行が好きだったので観光における課題を解決するアプリだったり、教育が大事だといって小学生向けのプログラミング教室運営や、コロナ禍で本郷周辺の飲食店が困っていたため送客支援のサービス、キャッシュレスのモバイルオーダーサービスなどを自社で開発提供するなどして約1年間、事業を模索していたのです。自分たちで作ったプロダクトをお客様に使ってもらい、売上を立てる経験はできましたが、日本の大きな課題を解決したいという原点に返ろうと思い、全ての事業をいったん撤退して、ゼロから取り組むべき市場を探し始めました。それが2021年初頭のことです。
――その時点でも、製造業とは決まっていなかったのですね。
そうなんです。不動産や卸売、小売、運輸、保険など、いろいろな業界の企業の問合せフォームに片っ端から、何に困っているかを聞かせてくださいとメッセージを送り続けました。その時にご縁をいただいたのが北陸の金属部品加工会社で、お金もなかったので夜行バスで訪ねたのです。そうして泊まり込みで話を聞き、現場を見せてもらって、課題が山積しているのを目の当たりに。
そこから関東で約30社、同じような企業を訪問、ヒアリングして、原価管理、品質管理、技術承継などさまざまな経営課題があるなか、まず経営インパクトの大きい見積業務に照準を当てることとしました。
――ピボットしたことが役立った点などはありましたか。
まず教訓として、自分たちが作りたいものを作るとか、こういう技術があるから何か使えないかとプロダクトアウトでいくことはやめようと思っていました。それで30社ほどヒアリングして、課題を深堀りすることにこだわったのです。
また、複数業界を俯瞰してみたからこそ、製造業の差し迫った状況に気づけたともいえます。これだけの大きな市場にもかかわらず、大きな課題が手付かずであり、現場の方も何とかしたいと思っているのに状況を変えられないでいる。このままでは日本のモノづくりの国際競争力は5年以内に脱落が決定付けられてしまうでしょう。それだけに、他の業界以上に変革を求める声が切実でした。
――それだけピボットを重ねても、共同創業の仲間が結束し続けられたのはなぜでしょうか。
ラクロス部時代からチームビルディングができていました。互いの強みや弱みも理解したうえで、タッグを組んで創業したのが良かったのでしょう。私がビジネスサイドで他2人がエンジニアですが、強みも分散して、1人は技術が強く、もう1人は組織に興味が強いなど、役割分担もうまくできていました。
そういうチームでやっていること自体が楽しかったので、ピボットしても揺らがなかったのです。
――アントレプレナー道場は、全員が受講していたのですか。
そうなんです。部活を引退後に大学院に進学して、全員で受けていました。その後の「アントレプレナーシップ・チャレンジ」というビジネスコンテストでメンターがつき、東大出身の起業家や投資家が事業アイデアをブラッシュアップしてくれて優秀賞をもらえたのです。いい意味でその気にさせてもらえたので、受賞を機に全員休学して、事業アイデアにフルコミットしました。そしたら楽しくてしょうがなく、大学院はそのまま中退して起業することになりました。
また、優秀賞の副賞として中国の深センへ視察旅行に行き、そこでも刺激を受けました。日本を変えていくためにも、スタートアップの力が大事だと思い、起業につながったのです。
「東大のプログラムに採択」自体が、創業初期の信用獲得に
――1stRoundに2021年10月に採択されましたが、参加された経緯を教えてください。
メンターで、深セン旅行でもお世話になった東大IPCの方に、その後も事業をしていくなかで度々相談や壁打ちをさせてもらっていました。最終的に製造業にピボットしたときにも、テーマとして面白いし、チームもよくここまで瓦解せずにやってきたと言ってもらい、1stRoundへの挑戦を勧められたのです。
――1stRoundのサポートでは、何が役立ちましたか。
何者でもない自分たちにとって、1stRoundに採択されたという冠は大きかったです。特に中小の製造業では、VCなどの名称は知られていませんが、東大のプログラムに採択されていること自体が分かりやすく、信用が得られたと思います。
また、スタートアップは目の前の事業にフォーカスしがちですが、法律関連や採用など、やるべきことはたくさんあります。そうしたことについて、ちょっとした内容でも相談できたのは助かりました。実際、東大IPCから紹介された社労士、税理士事務所にいろいろとお願いをしています。数ある事務所から、どこにお願いすべきか悩む手間も省けました。
そして、採択支援金にも助けられました。後の資金調達時まで事業に専念できたのは、支援金があったからです。落ち着いて、ベストな座組みの資金調達を考えることができました。
日本が誇る「匠の技術」競争力を強化するリーディングカンパニーを目指し新たな社名へ。
――調達した資金の使い道など、今後の事業展望を教えてください。
2023年1月時点でメンバーは、業務委託を含め、18人のうち9人がエンジニアです。まずはプロダクトの磨きこみのため、引き続きエンジニアの採用に注力しますが、一方で、営業・アライアンスの拡充や財務など、事業基盤の整備も必要です。ゼロベースで考え、精力的に活動できる人を求めたいですね。
「匠フォース」の見積支援については、まだ産声を上げた段階だと考えています。まずは、類似図面の精度を上げたり、いま2次元対応なのを3次元CADへとアップデートが必要。また、見積のステークホルダーとなる材料業者や外注業者を巻き込む動きも必要でしょう。
見積領域はあくまで入り口だと思っており、最終的には製造業のデジタルインフラを目指しているので、逆算すれば今できているのは1万分の1くらいなもの。町工場のDXや中小企業同士のネットワーク推進も見据えて、日本のモノづくりを世界で再び競争力のある産業にしたいので、登るべき山は無限にある状態です。
そして、この製造業界のイノベーションに腰を据えて取り組んでいこうと、2023年1月に社名をLeadXから匠技研工業へ変更しました。その名の如く、日本が誇る「匠」の「技」術を「研」究し、「工業」の世界に貢献するリーディングカンパニーを目指していきます。
――最後に、起業を考える方へアドバイスをお願いします。
まず、志を高く持つということです。社会や世の中のためにどうすれば人々が幸せになるかが大切で、スタートアップはそのための手段の1つです。ビジネスであっても、その原点の思いや志というのは忘れてはならず、志ありきでお客様も業界関係者もチームも集まってくるのだと思いますね。
もう1つは、粘り強く諦めないこと。これは、うまくいかない事業も諦めずに固執するのとは違って、撤退も含め、自分たちがしたいことに対して常に打席に立ち続け、バットを振りまくるというイメージです。失敗も早いうちにして、教訓として学べばよいでしょう。共同創業した私たち3人は、大学院を中退した分、同期より社会人経験はビハインドかもしれませんが、24時間事業のことを考え、必死に走っているので、どこに行っても戦える自信があります。起業して失敗したらどうしようといった心配はないですね。
岸田総理が「スタートアップ育成5ヵ年計画」を発表するなど、挑戦に対するリスクにはセーフティーネットが敷かれていく時代になりつつあり、スタートアップ創業の大きな追い風になっていると思います。
また、自身で起業することだけが全ての選択肢ではなく、スタートアップへの関わり方は無数に存在します。より多くの方々がスタートアップに携わることで、社会が前進すると信じています。
私自身まだまだチャレンジャーの立場なので、偉そうにアドバイスできることは何もないのですが、社会をより良くアップデートする挑戦者の一員として、スタートアップエコシステムに貢献していきたいと考えています。