細胞死のメカニズムを使った「新時代の抗がん剤」で、がんに困らない世界を目指す
2022年度の1stRound支援先の一つである株式会社Ferropto Cure(フェロトキュア)は、2022年5月に設立し、「フェロトーシス創薬で病気を治す」をミッションとして、新しいタイプの抗がん剤の研究開発に取り組んでいる。2023年5月にシードの資金調達を行った代表取締役の大槻雄士氏に、事業の特徴や今後のロードマップ、起業に至った経緯、1stRoundで役立ったことなどを聞いた。
がん種を問わず、がん細胞を死滅させられる待望の治療薬
―まず、Ferropto Cureの事業について教えてください。
大槻:フェロトーシスという、体内作用を使った治療薬の研究開発を行っています。酸化ストレスにより細胞死を引き起こすフェロトーシスのメカニズムは、解明されて10年ほどになりますが、当社では現在、がん化して増殖していく細胞にフェロトーシスを起こして死滅させるタイプの抗がん剤の研究開発に取り組んでいます。
この抗がん剤のメリットは、体に負担をかけず、がん種を問わずに治療ができる点にあります。フェロトーシスをブロックする能力はあらゆるがん種の細胞に備わっていて、いわば、がんの生存戦略の土台となっているため、それを標的とすることで、がん種に関わらず効くような薬を創ろうとしているのです。
対象となるがん患者は、まずは標準治療を終えた方や今までの薬が効かないような難治性がんの方を想定しています。将来的には、最初から治療に組み込まれることを目指します。
―研究開発は現在どのようなフェーズにありますか。今後のロードマップも教えてください。
大槻:2023年5月にシードでの資金調達を行い、現在はフェーズ1の臨床試験を行っています。2027年末までには国内で治験を終え、次のステップとして欧米やオーストラリアなど、海外での臨床試験に取り掛かりたいと考えています。欧米での治験は、日本で行う2~3倍の資金を要するので、スタートアップがいきなり挑戦するのは難しく、まず日本から始めていますが、当初から海外市場まで見据えて取り組んでいます。
また、日本での薬の販売については、薬の製造販売資格を持つ会社にライセンスアウトするとして、早ければ2032~4年あたりになるでしょう。
―がん以外の疾患へのアプローチは考えていますか。
大槻:まずは抗がん剤で成果を挙げてからになりますが、神経変性疾患である認知症やパーキンソン病の治療薬も射程に入るでしょう。
ただその場合、メカニズムが逆になります。がんに対してはフェロトーシスを促進することが治療になりますが、神経変性疾患ではフェロトーシスをブロックすることが治療になり、そうした薬を創っていくことになります。簡単ではありませんが、がん細胞でフェロトーシスを引き起こす研究を長年やってきた中で、逆のノウハウも蓄積していますので、それらをうまく活用していけるのはアドバンテージですね。
臨床医としてがん患者に向き合った経験から、研究者となって創薬の道へ
―大槻さんはもともと外科医だったそうですが、2022年5月の起業に至った経緯を教えてください。
大槻:呼吸器外科の医師としてがん治療に当たる中でその難しさに悩み、新しい治療薬を創りたいと考え、慶応大学大学院に入って、がんのメカニズムの研究に従事しました。そこで実用化を目指せる研究ができたため、博士課程修了後も研究室で引き続き1年間、研究を続けました。そうして、あとは臨床試験をやらないと開発が先に進まないところまで来ましたが、アカデミアの研究資金だけでは足りない。だから起業して資金調達を行いながら、並行して研究開発を進めることで、よりスピーディに質の高い臨床試験を行おうと考えたのです。
―製薬企業への技術移転などは検討されましたか。
大槻:それも考えました。しかし近年、抗がん剤の領域ではフェーズ1の臨床試験データを見て判断されるようになっています。しかも、製薬企業にライセンスアウトする場合には、その企業向けのデータの取り方が必要だったりもします。それを行うにもアカデミアの資金だけでは難しいので、いずれにしても会社を創ることになったと思います。
―起業に当たって、大学などの支援は活用しましたか。
大槻:会社を設立する前から、ビジネス面の知識・経験が足りていなかったため、創薬ベンチャーでのビジネス経験者を仲間に迎える必要も感じていましたが、それにしても私自身がある程度ビジネスの知識を身につけねばと考えていました。そんなときにちょうど、東工大・慶應大・東京医科歯科大・東大が立ち上げたIdP(イノベーションデザイン・プラットフォーム)の公募があり、GAPファンドに採択いただくことができ、起業準備を進められたのです。これは大いに意義があり、ビジネス面を学べた他、いま出資いただいている東京理科大のVCやANRIとつながることもできました。
シーズだけではダメだった。ビジネス視点を磨き、リベンジで1stRoundに採択
―その後、2022年度の第7回1stRoundに採択されていますが、応募した目的を教えてください。
大槻:IdPの支援を受けた後、K-NIC(Kawasaki-NEDO Innovation Center)のアクセラレーションプログラムも受けて会社を設立しました。さらにより具体的に資金調達に向けた支援を求めて、1stRoundに応募しました。
ですが、実は起業前に第6回の1stRoundにも応募していて、その時は最終選考までしか行けなかったのです。敗因としてフィードバックされたのは、目指す世界観の言語化が足りず、成長可能性が判断できなかったということでした。実際、当社の技術でどういう社会課題を解決するかというと、「がんを治せます」というだけで、まだまだ粒度が粗かった。ビジネスにするなら、マーケットサイズやライセンスでの売上見込みなどの数値が必要です。研究者は「こんなすごい技術があるのに、なぜ企業は興味を示してくれないのだろう」と思いがちですが、当時を振り返ってみると調べ方が足りず、見せ方も下手で、全体的に浅かったと反省しきりですね。ただ、1stRoundの選考を受けたことで、ビジネスとしてどのように考えればよいか、ということに気づけたのは良かったです。
―そのあたりを改善して第7回で採択されることができたわけですね。実際に1stRoundで役立ったことは何ですか。
大槻:一番は、資本政策をブラッシュアップできたことですね。そこに向けたチームビルディングや、創薬ベンチャーに必要な人材のスキル・経験などについて、具体的なアドバイスがもらえました。また、資金調達前のバリュエーションをどういう考え方・計算式で行うべきか、どうすればより投資を引き出せそうかといったことを、バイオベンチャー出身のメンターに一緒に考えてもらえたのです。創薬ベンチャーならではの業界事情や時間軸をふまえてもらえ、有難かったですね。他のアクセラレーションプログラムでは一般的な話をされがちですが、1stRoundは採択される側の領域が幅広く、それぞれの特徴的な部分までサポートしてくれます。
―そのほかに、1stRoundで役立ったことはありますか。
大槻:これも他のアクセラレーションプログラムとの違いになりますが、ハンズオンの具体的な支援が細かくあって、創業期のスタートアップに本当に必要なことをフォローしてもらえるんです。たとえば、会社のロゴを作ってくれたり、広報用の写真撮影をしてもらえたりもその1つで、自分でやろうとすると時間も手間もかかりますよね。また、弁護士に初回無料で相談ができたのも助かりました。採択期間の終盤でちょうど、資金調達の株主間契約や投資契約を交わすことになったのですが、今後もふまえて相談ができました。
一般的なアクセラレーションプログラムだと、レクチャーだけで終わることも少なくないと聞きます。それが1stRoundでは東大IPCのノウハウによるものだと思いますが、具体的に足元で必要なことをバックアップしてもらえました。今振り返ると一層、その価値が分かります。
―最後に、起業を考える方へアドバイスをお願いします。
大槻:起業を考えるなら、大学や企業の外の世界と早く接するべきです。自分でビジネスとしてそのシーズをブラッシュアップするという経験を早く積んだほうが、よりスピーディで強固に起業ができるでしょう。特にアカデミアの人は、ビジネスに強いパートナーをしっかりと揃える意味でも、中にいてどうしようと迷っているくらいなら、話を聞いてくれる人にどんどん壁打ちしまくっていくのがよいと思います。
もちろん、いきなり飛び出す必要はなく、一歩踏み出してみるくらいでよいのです。それだけでもカルチャーショックや自分に足りない部分に気づけることがあるでしょう。それで違うと思えば、起業は止めればよいし、その経験は無駄にはなりません。どういう道筋で自分の研究が社会実装されるかと考えることで、科研費の申請書のレベルも向上するはずです。何かしら自分にポジティブに返ってくる部分があるものなので、ぜひ一歩を踏み出してみてください。