「納豆菌」の粉を新たなタンパク源にして、地球の食糧課題を解決
2024年度の第10回1stRound支援先の一つであるフェルメクテス株式会社は、2021年7月に創業した慶應義塾大学先端生命科学研究所発スタートアップ。環境負荷が小さく生産効率のよい食用タンパク質を提供するべく、納豆菌粉「kin-pun」を開発、実用化を目指している。2024年9月にはプレシードラウンドの資金調達を行っている代表取締役CEOの大橋由明氏に、事業の概要や優位性、起業に至った経緯、今後の展望などを聞いた。
食品や料理に入れた納豆菌粉で、タンパク質摂取総量を向上
―まず、フェルメクテスの事業について教えてください。
大橋:今、世界的な人口増に伴う食糧不足が叫ばれ、なかでもタンパク質の不足が課題視されています。当社では、新たなタンパク源として納豆菌に着目し、さまざまな食品や食事に入れて摂りやすいよう、納豆菌粉を開発。「kin-pun」と名づけて、世界中に普及させることを目指しています。
―新たなタンパク源にはいろいろと競合がありますが、納豆菌の優位性は何でしょうか。
大橋:培養肉や大豆ミート、昆虫食、麹などがありますが、競合ではなく、一緒に市場を創っていく仲間だと考えています。いろいろ選択肢があってよいですし、組み合わせてもいい。効率良く作れるもので生産量を増やしていきたいですね。
納豆菌は枯草(こそう)菌の一種です。煮た大豆にふりかけて、一定の温度で18~20時間置くと納豆になります。大豆の表面に納豆菌が大量に生えて、大豆のタンパク質を分解する酵素を出し、大豆の消化性を向上させるんですね。しかも強いので他の菌が繁殖せず、保存にも適した食品になります。
有望な食用タンパク質として乳酸菌や酵母なども検討しましたが、増殖の速さから納豆菌が最も適していました。また、水と原料があればどこでも作れます。その原料も、トウモロコシやサトウキビ由来のグルコース(ブドウ糖)のほか、米ぬかや酒かす、大豆油の絞りかすなども使えるのでアップサイクルの観点からも良く、それぞれで異なる風味も生み出せます。
―培養肉のような食品や、サプリメントなどの形ではなく、「納豆菌粉」という形で展開するのはなぜですか。
大橋:粉にしてさまざまな食品や料理に入れることで、多様な食習慣を持つ世界中の人に摂ってもらえます。これまでどおりの食べ方でもタンパク質の摂取総量を上げることができるので、相対的に小麦や大豆などの消費を抑制もできるでしょう。
また、タンパク源にするにはある程度の量を摂る必要があります。サプリメントの形で単独で摂れるのは0.2グラム程度ですが、食品や料理の素材に含める形だと、納豆菌を1食で10~20グラム摂れます。納豆菌の約7割がタンパク質なので、1食でタンパク質7~14グラムですね。60キロの成人男性が必要とするタンパク質摂取量が1日あたり60グラム強ですから、その約3分の1は納豆菌で摂れるのです。
こんな風に、世界中の人が必要量の3分の1のタンパク質を納豆菌で摂るようになり、それにより森林破壊を少しでも抑制したり、これまで廃棄していたものを少しでも食べられるようにしたい。それが理想です。
創業4年目、資金調達活動を本格化するタイミングで1stRoundを活用
―2021年7月にフェルメクテスを設立されていますが、起業に至った経緯を教えてください。
大橋:2001年に慶應大が山形県鶴岡市に設立した先端生命科学研究所でメタボローム解析の共同研究に参加した後、同研究所発バイオベンチャーであるヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ(HMT)に移り、技術開発担当取締役として2013年の東証マザーズ上場にも貢献しました。
その後、2020年の年末にHMTの新規事業としてSDGsに貢献できるものを考えていて、納豆菌を食品にしようと思いついたのです。そこで自宅で培養して食べてみたところ、手応えを感じました。調べてみると、日本でも世界でもそのような取り組みは誰もやっていませんでした。ですが、HMTはサービス業で食品製造は難しかったため、翌年2月には自分で事業化しようと決めたのです。起業は工業的発酵生産や事業開発などの5名で行い、後にブランディングや普及活動の顔となるメンバーも迎えました。また、鶴岡高専の卒業生が2人、品質保証と製造開発を担当しています。
―2024年度の1stRoundに応募された理由は何でしたか。
大橋:創業してしばらくは納豆菌のアイデアを守るため、ピッチコンテストなどにも出ず、ホームページもVC向けにあえて硬い文章で作り、検索で上がってこないよう調整してきました。3年経って技術が固まり、ブランディングを始めようというタイミングでちょうど1stRoundを知り、これを機に資金調達に向けた外向きの活動を本格化することにしたのです。
また、当社は慶應の先端生命科学研究所を利用させていただくなどの支援は受けていましたが、創業期ということもあり資金面でのニーズが大きく、ノンエクイティの事業資金500万円は非常にありがたかったです。
―1stRoundに採択されて、実際に役立ったことを教えてください。
大橋:メンターの古川圭佑さんには、資金調達に関してVCのものの考え方など、本やネットでは分からないようなことを数多く教わりました。私は前職がベンチャーでしたが、VCに資金調達を働きかけるプロセスは未経験だったのでありがたかったです。たとえば、株式はどういう形の株式がよいか、事業計画は何ヵ年で考えるか、それはどのくらい精度を求められるものなのかといったことです。また、VCごとの特性が聞けたのも良かったです。実際に、当社事業に興味があるというVCについて、「こうした分野への出資実績がないから難しいだろう」などと中立的に見てもらえました。
あとは当社の場合、比較的年齢が高い世代のメンバーで創業しているので、若い世代のスタートアップがいろいろアイデアを練って採択されているのは、刺激になりました。
「失敗しない」という強固な自信がつくまで、アイデアを考え抜く
―採択後の資金調達の状況を教えてください。
大橋:2024年9月にHMTを引受先として第三者割当による新株発行増資による4,998万円の資金調達を実施し、資本業務提携契約を締結しました。HMTではメタボローム解析をものづくりに活かしたいと考えており、その点で当社とシナジーが生み出せると考えています。その他、銀行系のVCも興味を持ってくれていますし、次のラウンドに向けては食品や食品商社などの事業会社にも検討いただいています。それ以外のメーカーでも食品関連の新規事業を模索され、出資を検討されている例があります。
―事業の現在の進捗と、今後の展望を教えてください。
大橋:今4期目で、最初の3年間は食品として成立させることを目標としてきました。美味しく食べられるかどうか、そして腹持ち効果などの機能を調べて、食品としての価値をまず固めたのです。そのなかで、たとえば保水性が高いので乾燥しないパンが作れたり、吸水性が高いのでモチモチしたパンになったり、せん断性が高いので噛み切りやすい餅が作れるといった成果もありました。こうした物性や生産方法、培地についての特許取得も進めています。
現在は次のフェーズとして、生産の課題に取り組んでおり、OEMで海外も含め、何十トン規模のタンク発酵を始めました。ここでの目標は、低コスト化です。たとえば小麦粉は約10%がタンパク質なので、1キログラム300円とするとタンパク質はキロ当たり3,000円。そこで、「kin-pun」ではキロ当たり1000~3,000円を目標にしています。ですが、OEMだとそこまでのコスト削減が難しいので、自社もしくはジョイントベンチャーで自前の工場を持って何万トン規模を生産していくか、あるいは高効率生産法を開発していくかを検討しています。
―最後に、起業を考える方へアドバイスをお願いします。
大橋:よく「失敗を恐れるな」といいますが、やはり会社を始める以上、失敗してはいけません。会社を作ることが目的になってしまってはだめで、「世の中を変えるんだ」くらいの矜持を持って取り組むことが大事です。そうして、失敗しないという自信を持つに至ったら、やればよいのだと思います。
その際、技術そのものが新しくなくても、その人しか思いつかないようなアイデアや仕組み、組み合わせみたいなものがあればいい。思いついた後に突き詰めて考え抜き、さまざまな側面から外堀を埋め、追い込んでみて良しと思えたら始める。そのくらいの熟考と自信が大事だと思います。