2023/4/25

製造業のデジタル化・AI化を応用した歯科医療・歯科技工のDXプラットフォームを提供

エミウム株式会社|代表取締役 稲田雅彦氏

2021年に開催した第5回1stRound採択先の一つであるエミウム株式会社は、2020年11月に設立。「歯科医療・歯科技工の原動力を生み出すインフラをつくる。」をビジョンとして、歯科医療・技工技術、デジタル製造技術、AI技術を融合した事業を開発しており、歯科技工物のCAD設計・デジタル製造サービス「エミウム技工センター」などを提供している。2022年12月には総額約2.6億円の資金調達を行った代表取締役の稲田雅彦氏に、起業の経緯や今後の展望を聞いた。

 

歯科技工の生産性を向上し、生産性を50~60%向上

まず、エミウムの事業について教えてください。 

医療業界のなかでも歯科は、歯の詰め物・被せ物や義歯(入れ歯)、矯正装置などの歯科技工物を製作する歯科技工が治療の主な解決方法となっており、医療製造業として製造業の知見が活きる分野です。従来は歯科医院から歯科技工所に設計書や指示を電話やファックスするなど、アナログなやり取りで時間が取られ、ミスも起こりやすくなっていました。そこに着目してWEBでカンタンに歯科技工物の設計・製作を発注できる技工サービスである「エミウム技工センター」を提供しています。

 

また、歯科技工におけるコミュニケーション・生産性向上のためのクラウドサービスも開発中で、こちらは2023年春にリリース予定です。

 

 

アナログなやり取りということですが、歯科業界にはデジタル化の素地はあるのですか。

歯科では、2014年からCAD/CAM冠と呼ばれるハイブリッドレジン(ハイブリッドセラミックス)の治療が保険適用になっています。この治療方法は、材料となるブロックをを歯科用ミリングマシンという削り出し機械で削りだして詰め物や被せ物を作るという流れになるのですが、最初の型取りから歯科用3Dスキャナーで3Dデータを取得し、3D CADソフトで設計し、そのデータから歯科用ミリングマシンで削り出しを行うなど、ほとんどの工程をデジタル化できるわけです。

 

今も多くの歯科医院では、アルジネート印象材と呼ばれる型をとり、これに石膏を流し込んで模型を作り、それを元に歯科技工士が歯科技工物を作っていました。彫刻のように一つひとつ削って作るようないわば家内制手工業であり、長時間労働の原因にもなっていました。こういった複数の工程をデジタル化すれば生産性も向上し、労働時間も低減されます。学会発表のデータでは、このデジタル化により生産性が50~60%アップできるといわれており、現状はデジタルを取り入れない手はない状況になっています。

 

さらに矯正歯科では、マウスピース型装置によるアライナー矯正という矯正が普及してきていますが、これも歯科用3Dスキャナーを使って行い、3Dプリンターを用いたマウスピース製造が行われており、歯科技工におけるデジタル化の大きな流れの一つとなっています。

 

――そうした歯科業界の課題を改めて教えてください。

まず、歯科医院は全国に約7万医院あり、競争が激化、経営的に勝ち負けが二極化してきており、差別化要素が求められています。

 

一方の歯科技工所は全国に約2万技工所ありますが、その9割近くが3人未満の技工所であり、約1000万円以上かかるといわれるデジタル化のための投資の余力がない技工所が大半です。また、歯科技工士は医療従事者であり、国家資格が必要となりますが、専門教育を受けた新卒は年間約700人程度しか生まれない状況であり、デジタルリテラシーが高い若手歯科技工士が構造的に少なくなっています。さらに歯科技工士の50%以上が50代以上と高齢化、あと4年で6000人の歯科技工士の方々が引退するといわれており、人材不足の一途をたどっています。

 

 

――グローバルの市場や競合の状況はどのようでしょうか。

歯科技工物は、AIによる設計の自動化・設計サポート、歯科用3Dスキャナー、歯科用ミリングマシンや歯科用3Dプリンターの活用がグローバルで急速に拡がりつつあり、市場として大きな転換期を迎えています。日本は超高齢社会で入れ歯やインプラントは成長市場ですが、特に若年層で虫歯は減っており、若年層での歯科補綴物は昔のようには伸びない傾向です。一方、インドネシアやインド、中国などの東南アジア、南アジアではファストフードなどの影響により、虫歯が急激に増えており、歯科補綴物のニーズも急増が見込まれます。中国は高齢化も進むので入れ歯、インプラントのニーズも高いでしょう。

 

日本が誇る製造業領域におけるデジタル化・AI化の知見を生かすことで、グローバル含めて多大なチャンスがあります。

 

 

起業&バイアウトに成功後、VCでスタートアップを支援し、再度起業

――会社設立は2020年11月ですが、起業の経緯を教えてください。

 東大の大学院で人工知能を研究して2009年に修了した時は、ようやく金融や広告マーケティングの領域でAI技術が応用され始めた頃でした。そこで博報堂にデジタル1期生として入社。データサイエンス関連の新規事業開発やデジタルクリエイターおよびマーケターとして、横断的に様々な経験を積みました。そのなかで、グループの新規事業制度の創設や投資も行いました。2013年に会社を出て、製造業のデジタル化を行うスタートアップである株式会社カブクを設立、創業者兼代表取締役を務めました。

 

その会社は2017年に東証1部上場の老舗メーカーにM&Aとなりバイアウトしました。その後は、シリコンバレーと東京を拠点とするVCであるDNX Venturesに参画し、スタートアップへ投資、支援させていただきました。そこで働くうちにコロナ禍となりレガシーな製造業にもDXが加速していくのを見て、歯科領域に着目して二度目の起業に踏み切りました。

 

 

――歯科のDXというテーマは、どのようにして決めたのですか。

最初に起業したカブクは製造業のラクスルのようなビジネスモデルで、世界に約300拠点のデジタル工場のネットワークを持っていました。そのなかにはアメリカ、ドイツ、イタリアの3Dプリンター工場や削り出しのミリングマシンの工場があり、またその中にも3Dプリンターを持つ大手歯科技工所がありましたので、当時から「医療・製造業のデジタル化」領域に注目していました。

 

そうしてコロナ禍の頃、東京医科歯科大学で社会人大学院生になり、歯科設計ソフトである歯科CADのAI化・自動化に関する共同研究を行い始めました。

 

――2022年12月には総額約2.6億円の資金調達をされていますが、どのように使っていきますか。

引き続きプロダクトマーケットフィットが重要な段階ですので、技術およびプロダクトの開発に注力します。医科も歯科も伝統的な業界でセールスサイクルが長い傾向があり、余裕を持てるよう比較的大きな金額の資金を調達しています。2023年は2つのプロダクトが出揃う大事なタイミングであり、勝負の年だと考えています。

 

「三方よし」を貫くことで、投資家とも長期的に良好な関係を構築

――1stRoundに2021年10月に採択されましたが、参加された経緯を教えてください。

私はもともと東大大学院在学中にアントレプレナー道場を受講していて、3期生でした。その関係で、今も同道場のメンターを務めたり、FoundXサポートメンバーであったりしたのです。また、バーティカルなディープテックスタートアップである当社は、1stRoundのプログラムと相性が良いと思い、応募しました。

 

 

――1stRoundのサポートでは、何が役立ちましたか。

ちょうど2021年から1stRoundに参画を始められた東京医科歯科大学の方々と共同研究を始められたことです。自身のVCでの経験を振り返っても、やはりアカデミックとの産学連携に向けた支援が手厚いと感じました。

 

 

――組織は今どのような状態ですか。

製造業向け開発を行っているエンジニアメンバー、メガスタートアップを立ち上げてきたメンバー、それ以外に医療従事者の方々も複数名おり、多様なメンバーでチームを構成しています。既に15~20人くらいの方に関わっていただいています。都内はシェアサイクルで、郊外はレンタカーでの飛び込み営業も、初期のプロダクト立ち上げ・検証には効果的です。 

――最後に、起業を考える方へアドバイスをお願いします。

二度目の起業をし、スタートアップを投資・支援する側も経験して思うのは、考え方、フィロソフィーが何よりも大事であるということです。仕事のアウトプットは「能力×熱量×考え方」で決まるといいますが、能力や熱量がいくら高くても、考え方、フィロソフィーで大きくアウトプットが異なってきます。つい能力や熱量に惹かれて人をばんばんと採用するスタートアップも少なくは無いですが、考え方、フィロソフィーが合わない、低いと、組織のパフォーマンスはすぐに落ちて、場合によってはハードシングスと呼ばれる組織崩壊が起こることが少なくはないです。フィロソフィー、考え方を体現したミッション、ビジョン、バリューを掲げ、組織へ浸透させ、組織固有のカルチャーをつくっていくことが重要です。

 

私が大事にしているフィロソフィーの一つは、「三方よし」です。これは私の出自でもある関西商人のフィロソフィーでもあり、自分よし、相手よし、世間よしな事業をつくることを三方よしとする、という考えです。これは温故知新ですが、今のスタートアップエコシステムにも充分に通じる考え方でもありますし、アントレプレナーシップそのものでもあると思います。起業は手段であり、何事をするにしても考え方が大事。自分と向き合い、メンバーと向き合い、社会と向き合い、我々それぞれが歩んで道を切り拓いていければと思います。みなさんの切り拓く道を心から応援しております。

 

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