2019/9/12

インスタリム株式会社

第2回東大IPC起業支援プログラムに採択されたインスタリム株式会社の徳島CEOへお話を伺ってきました。3Dプリンターを活用して義肢装具を製作し、常識を覆すほどの低価格で、フィリピンでの販売を開始したインスタリム株式会社。

 

社会課題をビジネスで解決する取り組みは各所から高い評価を受け、日ASEAN新産業創出実証事業、Sylff Project Grant、NEDOのSTS助成事業*1などの採択だけにとどまらず、2019年6月には慶應イノベーション・イニシアティブ、ディープコアから資金調達も行うほど注目されています。社会課題の解決のために奮闘してきた経緯、さらには、社会人歴が長いからこその起業の形にも迫ります。

 

「まずは、事業概要のご説明をお願いします。」
簡単にご説明すると、3Dプリンターを活用して低コストで義足を製作し、新興国や途上国の足をなくした患者さんに安価で義足を販売する事業をしています。今はフィリピンのマニラに製作所兼事務所を設けて、現地で販売を始めたタイミングになります。

 

「最初に販売する国としてフィリピンを選んだ理由は何だったのでしょうか?」
きっかけは私が社会人時代に青年海外協力隊でフィリピンに行ったことですが、その他にも現地で保健省等の政府筋やフィリピン大学総合病院(日本でいう東大病院のような場所)などとコネクションが作れたことや、バリデーションをしてビジネスにおける合理性を確認できたことなどが理由です。

 

所謂、リバース・イノベーションモデルです。まずは規制のゆるい開発途上国で事業を始め、エビデンスを取ってから、先進国を含めた全世界に展開することを想定しています。日本に1番近くてマーケットの規模が大きい開発途上国はどこだろうか、と考えた時に、フィリピンは規制がゆるく、人口規模が大きく、また公用語が英語なのでコミュニーケーションを取りやすいという条件が揃っていたので、最初に事業を開始する国としてフィリピンを選びました。

 

義足という観点では、義足のユーザーは糖尿病によって足が腐って(壊疽になって)切断された方が多いんですけども、フィリピンは糖尿病患者が非常に多い国でして、潜在的な需要が多くありました。これらの背景から、義足の事業をリバース・イノベーションモデルで始めるに合理性があると考えました。

 

「フィリピンは日本と比べると物価が低いですが、どのような戦略で義足を販売していく方針でしょうか?」
基本的には数を売っていく戦略です。2018年にJETROの委託事業で実証実験を行い、色々な患者さんに対して義足に関するアンケートを実施したんです。どれくらいの値段だったら義足を買いますかという質問に対して、大体3万円から5万円位の価格帯だったら購入できると答えた患者さんが非常に多かったんです。それくらいの価格帯だったら十分に採算が取れるので、まずはこの価格でやってみようと決めました。

 

「フィリピンでの商流作りはどのように進めていらっしゃるのでしょうか?」
医療機器メーカーで得られた経験を元に、病院へ訪問して、病院の昔ながらのしきたりに沿いながら、医師と信頼関係を深めていき、フィリピンの中で重宝される存在になれるようにアプローチをしています。フィリピンは親日国なので、日本製の製品と言うと「これは良いものなんだね」というイメージで見てくれたり、自分はフィリピンの田舎で2年ほど生活していたと言うと、「こいつは悪いやつじゃないんだな」と思ってくれたりしたので、懐に入りやすかったように思います。

 

インスタリム株式会社CEO徳島氏。義足のプロトタイプを手に取る

 

「義足の販売に先駆けて試験を行われていますが、そこで見えてきたものは何でしょうか?」
たくさんあります。例えば、義足と地面が接地するいわゆる「足部」の部分は、日本人は義足を履き慣れているので固くセットしてあるんですが、フィリピンでは義足を履き慣れておらず、固すぎて歩けないことがありました。他にもフィリピンの義足の仕様に合わせてデザインを変更した部分もあります。また、JETROのようなオフィシャルな組織が試験に加わると、現地の病院も本気で取り組んでくれて、様々な意見を言ってくれるようになりました。

 

「義足の販売に至るまで長い道のりであったと想像できますが、起業しようと思ったのはいつ頃でしょうか?」
最初に義足を3Dプリンターで作ろうと思い付いたのは、青年海外協力隊に参加していた頃です。足が腐っている方がいても、義足を買えないからどうしようもできないという状況を知って、自分なら解決できるかもしれないと思ったんです。3DプリンターやCADを開発しなきゃいけないと思った時に、会社を起こすしか選択肢が思い浮かばなかったんですよね。

 

NPOや政府の支援を受けて開発コンサル的な動きをするのも、単に寄付をするとかの支援事業ならあり得るんでしょうけど、この場合問題になるのは、昔ながらの国際協力の文脈の活動だと技術開発費を捻出するスキームがほとんどないことなんですね。ちょっとしたイノベーションがあって、ちょっと開発すればたくさんの人を助けられる、幸せにできるのにと思った時、ちゃんと開発費に投資した上で、開発費をペイできるほどのリターンを得られるビジネスモデルを作ることが、最もストレートに課題解決ができる近道だと思いました。

 

「青年海外協力隊に入る前は会社に勤めていたのでしょうか?」
医療機器メーカーにいまして、駅でよく見るAED(Automated External Defibrillator、自動体外式除細動器)などのデザインチームに所属するなどして、プロダクトデザイナーをやっていました。昔は現職参加制度というものがあって、会社に籍を置いたまま、青年海外協力隊参加者に対して給与を支給するという制度がありまして(※現在は廃止)、それを使っていました。もともと医療機器メーカーに入ったのも、開発途上国医療をやってみたかったというのがモチベーションでした。

 

「今の会社の体制ができるまでの経緯を教えてください。」
初めは僕とパートタイムの義肢装具士の2人体制で、技術開発パートはコツコツとほぼ全てを1人で開発していました。ある程度、人に説明できるプロトタイプができてからは、アクセラレーションプログラムに参加するようになりました。そこで出会ったCSOの梶にパートタイムで参加してもらったり、色々なところでピッチしたりして、人を集めていきました。

 

最初はパートタイムで参画する人が多いんですけど、JETROから委託事業を受けた段階で1人増え、また直近でもNEDOの助成金を獲得することができたのでフルタイムのメンバーを何人か追加しようと考えています。事業が進捗していくとともに、だんだん人が増えていったという感じですね。

 

「最初に義肢装具士と出会ったきっかけは?」
僕が義足のプロトタイプを作ってフィリピンの患者さんに履かせている動画をYouTubeで公開したんですね。それを見て連絡をくれたんです。医療のプロとして、ここをこうした方がいいという気持ちがとめどなく溢れてきて、こういうプロジェクトこそ医療の人間が助けなきゃだめだろうと思ってコンタクトしてくれたみたいです。(笑)

 

「義足の作成に必要な技術などは、どのようにフォローアップしてきたのでしょうか?」
基本的にこの事業には自分が全くわからない技術領域というものはなくて、ラッキーにもソリューションの構成が、会社員時代などに自分がこれまでに勉強してきた技術領域の組み合わせでなされています。だからこそ、事業を思いついた時に、開発の流れや外注、プロトタイプまで持っていける資金の目安など、ローンチまでの絵が描けたんですね。なので始める一歩を踏み出せました。

 

インスタリム株式会社CEO徳島氏のインタビュー

 

「開発を始めてからプロトタイプができるまで3年ほどかかったと伺いましたが、その間のモチベーションはどのように保っていたのでしょうか?」
当時は30代後半だったので、若い起業家みたいに突っ走るということはせず、常に保険をかけながらやっていました。初期は会社を辞めて給料もないので、副業のような感覚でJICAの開発コンサルをフィリピンでしながら、同時期にリサーチも進めていました。もし、新しい事業がうまくいかなくても、開発コンサルとしてのキャリアは積める状況にしていたんです。

 

また、日本に戻った時に安定した収入が無くなることが怖かったので、慶応大学に入学して文部科学省博士課程教育リーディングプログラム(現在の卓越大学院プログラム)に参加しました。これは、給与をもらいながら研究に集中できるプログラムなのですが、これで学歴もキャリアも確保できるようにしていました。

 

「起業して楽しかったこと、良かったことは何でしょうか?」
僕たちの事業は本当にわかりやすくて、義足を作って履いてもらって、めっちゃ喜んでもらえるというのが、何よりもパワーになります。人の人生を変えるというのはこんなに素晴らしいんだなって感じました。東京でサラリーマンをやっていたら絶対にこんな経験はできなかったですから。

 

「ボランティアではなく、ビジネスとして取り組んでいる理由は何でしょうか?」
NPOとかボランティアを見て、基本的に寄付に頼らなければならないという運営方針に危うさを感じていました。ビジネスとしてインフラなどを作っていく方が、寄付ベースの活動よりも持続性で勝るんじゃないかと思っているんですね。

 

もしこの事業がフィリピンで成功したとして、世界中に広げていくとなったら莫大な資金が必要です。その時に資金を簡単に集められる方法として手取り早いのは上場することだと思ったんです。困っている人を一人でも多く助けたいのなら、ビジネスのほうが早いと思っていて、僕はそこを迷った事は1度も無いです。

 

「資金調達を行われましたが、実現までに苦労したところは?」
数は回らないといけないので、調達を断られた時に気持ちが折れないようにすることが大事ですね。事業が否定されたように感じてしまうので。また、ハードウェアを作る場合は資金が多く必要なので、事業計画のPLをかなり詳細に作っておくと、VCも資金の流れのイメージができて刺さる資料になるのではないでしょうか。

 

「東大IPCの支援を受けて良かったことは?」
東大IPCさんの支援がなかったら調達までたどり着けなかったと思います。毎月の面談もかなり手厚く、Slackで話しかけてもすぐに反応してくれるし、いろんなVCを紹介してもらえるし、こんなに使っていいのかなと思う位よくしてもらいました。VCとの契約を詰めている中でも、自分たちだけでは他社の事例や知識もない中、セカンドオピニオンとして適切なアドバイスをもらえたのは非常に大きかったです。

 

「起業を目指している方、または、ある程度社会的地位を築いているものの、その後の進み方を迷っている方に対してアドバイスをお願いします。」
起業って一か八かというイメージがあると思うんですよ。ただ実際はそうではなくて、いろんな保険のかけ方があると思うんですね。どんなキャリアの人にせよ、スタートアップとして起業して失敗したとしても、その実績は次のキャリアに必ず繋がります。そういう大人なりの打算的な考え方でスタートアップをやってもいいと思います。

 

特にシードのスタートアップはリスキーなイメージがあるんですけど、リスキーだからこそやってる人は少ないはずなので、シードでゼロイチをやった経験は転職にもプラスに働くはずです。起業に対してあまり臆病になる必要は無いですし、皆さんが持っているイメージにとらわれすぎない方がいいということを伝えたいです。

 

*1 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の、2019年度「研究開発型ベンチャー支援事業/シード期の研究開発型ベンチャーに対す事業化支援」第1回公募

前の記事へ 一覧へ戻る 次の記事へ
東大IPCの
ニュースを受け取る
スタートアップ界隈の最新情報、技術トレンドなど、ここでしか得られないNewsを定期配信しています