2024/5/24

患者と医療者のコミュニケーションのデジタル化で、患者体験と現場生産性を向上

株式会社OPERe(オペリ) | 代表取締役 / CEO 澤田優香

2023年度の1stRound支援先の一つである株式会社OPERe(オペリ)は、2020年6月の設立以来、「Renewing Operations」をミッションとして医療現場のオペレーション刷新を支援。入院案内などの患者説明を、動画やメッセージを用いて患者のスマートフォンに届ける「ポケさぽ」を提供している。2024年4月にはセイコーエプソン株式会社と資本業務提携契約を締結した代表取締役 / CEOの澤田優香氏に、事業の特徴や起業の経緯、1stRoundで役立ったこと、今後の展望などを聞いた。

動画とテキストにより、入院案内を自動化&非同期化

―まず、OPEReの事業について教えてください。

澤田:医療現場のオペレーション改善のため、患者への入院説明を動画やメッセージにより半自動で実行する「ポケさぽ」というシステムを開発・提供しています。多くの急性期病院で実践されているPFM(Patient Flow Management)の中で、入院決定から退院まで、患者には定型的な説明を行う必要がありますが、この看護・事務によるコミュニケーションは従来、対面という同期的手段で行われており、現場の負担が大きい業務の1つとなっていました。「ポケさぽ」では、入院日、手術日、検査日、出産日などを起点としてメッセージや説明動画・PDFなどを自動的に患者に送ることができます。患者側はLINEでその情報を受け、質問フォームから個別の質問も行えます。このように非同期的にコミュニケーションできることで、医療者側は業務を効率よく計画的に進められるのです。

医療の担い手不足のなか、これまでどおり人力に頼り続けるだけでは、医療サービスの現場はもちません。そこで2022年1月に「ポケさぽ」をリリースしました。現在はまず急性期病院にフォーカスし、約50箇所の医療機関で導入されています。

―コミュニケーションツールであれば、在宅医療でも導入しやすそうなイメージがありますが、まず急性期病院からというのはなぜですか。

澤田:患者が発症して診断・治療を行うのが急性期病院であるため、患者が受けとり理解しなくてはいけない情報が爆発的に増加します。ですから、入り口となる急性期病院でまず普及させたいというのが理由の1つです。その後、リハビリなどで機能回復を目指す回復期病院、そして自宅療養や施設入所で機能・生活の質の維持・向上を目指す生活期へと移行していきますので、今後はそういったところにも対応をしていきたいと思っています。          

また、実に入院病床の約7割が、急性期DPC病院によるものです。DPC病院数は約1800と多くはありませんが、病床数、つまり患者延べ人数では7割を占めるので、最大の患者数に対応できることになります。

―医療機関で使われるSaaSはいろいろありますが、競合となるサービスはないのですか。

澤田:医師や薬剤師を取り巻くものはいくつかありますが、     Patient Flow Managementをふまえ、患者と医療者の、相互情報共有にフォーカスしているのは「ポケさぽ」だけといえます。

     また、医師・事務部門の説明支援も多いのですが、看護部の説明部分を支援することが多くなっています。この点も特徴であると考えています。病院経営にとっての優先度を考えても、看護師は人数が多く人件費の中で全体の5~6割を占めており、生産性マネジメントは重要です。      

スタートアップの成長痛を熟知したメンターによる、リアルな指導

―会社の設立は2020年6月ですが、起業に至った経緯を教えてください。

澤田:私は臨床看護師、医療経営コンサルタントを経て、起業しています。もともとはあるマンガの元気なキャラクターに惹かれて、その職業である看護師になったのですが、医療現場で痛感したのは、医療者という専門性が高くてピュアな人たちが一生懸命医療サービスのクオリティを担保しながら提供している現状でした。その尊さと、これを続けていくべきである、それを外的環境が支援しなければいけないと考え、現場を外から支えようと医療経営コンサルに転身しました。病院という組織内でどのように意思決定が行われ、環境が構築されていくのかに興味があったのです。

そんなときに私自身が入院する機会があり、医療を受ける側を体験することになりました。そこで、ナースコースが押しづらいと感じたのです。原因を考えたときに、「医療現場では患者と医療者がつながっていないから、同期的なコミュニケーション手段しかない」ことが原因なのではないかな、と考えました。この体験をきっかけに、日常生活のように緊急以外の場合に使える非同期的なコミュニケーションツールが必要だと考え、起業を決めました。

―その後、2023年度の第8回1stRoundに採択されていますが、応募した目的を教えてください。

澤田:やはりノンエクイティでの事業資金が得られるのが魅力的だったのと、支援期間中にコーポレートパートナー企業と実証実験を行う場合、その実費費用(最大500万円)が さらに提供されるというのが大きかったですね。こういったノンエクイティの事業資金を毎回8社、年間16社に提供し続けていること自体にリスペクトしかありません。1stRoundはもともと、スタンフォード大学のStartXというインキュベーションプログラムを参考にして生まれたそうですが、そうした志の高さも強く感じます。

実際、これまで採択された先輩スタートアップの実績や社会へのインパクトが大きいイメージがあり、自分もぜひ採択されたいと思いました。

―1stRoundの支援内容では、何が役立ちましたか。

澤田:支援期間中は毎月メンタリングしてもらえますが、それがVCからの資金調達の疑似体験のようで役立ちました。「あなたは堅実かもしれないけど、どこかで勝負に出るべきだ」などと、個人の特性に合わせて忌憚なくアドバイスをもらえたのも良かったです。財務の講座を開いてくれ、財務知識を網羅的に身につけられたのも有難かったですね。

本やネットで手に入る情報との違いは、オフレコならではのリアルな、生々しさだと思います。たとえば資金調達の交渉で、1億円のニーズに対して先方から8,000万円といわれた場合にどうやって説き伏せるか。それを、「自分はこういうセリフで乗り越えた」といった話が聞けるのです。そうした難関を実際に切り抜けたメンターの言葉なので、非常に重みがありました。

―そのほかに、1stRoundで役立ったことはありますか。

澤田:スタートアップが初期につまずきやすいところをよく理解しており、解像度が高いため、それらに対して具体的にリソースやノウハウが準備されています。たとえば、あるスタートアップ支援プログラムに東大IPCからの紹介で採択いただき、数百万円のサーバー代が無償になったり、電話でシステム開発のサポートが受けられています。           

また、東大IPCの広報サポートにより、日経新聞や日経ビジネスに何度か取り上げてもらうことができました。これらの記事は反響も大きく、たとえば日経新聞の記事は地方版にも同じく掲載されるので、地方の基幹病院の院長が見て下さり「ポケさぽ」の導入が決まったりしています。

サポーター企業との実証実験から資本業務提携へと、着実に前進

―今後の事業展開はどのように考えていますか。

澤田:2024年にセイコーエプソン株式会社と資本業務提携契約を締結できたので、今夏には「ポケさぽ」に情報収集機能を追加する予定です。非同期的コミュニケーションに次ぐ大きなステップで、これにより、セキュリティを万全にしながら     患者基礎情報などの情報共有ができるよう、取り組んでいきます。

1stRoundからの事業資金提供により、早期にこのような機能追加が実現できるのだと思います。セイコーエプソンは1stRoundのサポーター企業であり、共に実証実験を行う縁をいただき、今回の資本業務提携に至ることができたと感謝しています。

―その先に目指す世界観を教えてください。

澤田:最終的に目指すのは、患者と医療者がコミュニケーションを取りたいときに、「ポケさぽ」がハブとなり、デジタル上でコミュニケーションができるようになることです。医療は人が人に提供するサービスなので、私たちのようなデジタルツールは脇役だと考えていますが、その中で彼らの補足コミュニケーションを支援したいと思っています。そうして医療現場でのコミュニケーションを標準化し、患者の体験を向上するのに加え、同じく「つながり」が必要な領域、たとえば製薬や医療機器の現場にも導入を図りたいですね。また、医療ツーリズムなどのインバウンドの患者に対しても、来日前から介在していければと思います。

―最後に、起業を考える方へアドバイスをお願いします。

澤田:1stRoundに応募すると、東大IPCメンバーや外部メンターの壁打ちを受けることができます。採択を目指し応募するのはもちろんですが、スタートアップを多数見てきた人たちの目に触れて、話してみてフィードバックをもらうという、応募するプロセス自体がものがすごく貴重だと思います。そうしたことを積み重ねていくなかで、自分のやりたいことが言語化されていき、起業やサービスインができる状態に向かっていけます。ぜひ、積極的に一歩目を踏み出してみてください。

一覧へ戻る
東大IPCの
ニュースを受け取る
スタートアップ界隈の最新情報、技術トレンドなど、ここでしか得られないNewsを定期配信しています