骨折リスクを低減する置き床の新素材開発で、高齢者の尊厳ある生活の実現を目指す
2019年度の1st Round支援先の一つである株式会社Magic Shields。「転倒による骨折が原因で寝たきりになる高齢者をゼロにしたい」という思いから、転んでも骨折しにくい置き床とマット「ころやわ」を開発・販売している。代表取締役の下村明司氏は、大手オートバイメーカーで開発経験を積んだ後社会人大学院でビジネス構築を学んだ仲間とともに創業。2021年10月には2度目の資金調達を行い、事業を加速させている。イシュードリブンの事業をどのように形にしてきたのか、また、今後目指す世界観などについて聞いた。
課題を「転ぶ」ことから「骨折する」ことへ再定義
――まず、Magic Shieldsの事業は、どのような社会課題を解決するものなのですか。
「世界から事故や暴力によるケガを無くす」をビジョンとし、そのなかでも日本で2000年から2020年の間に2倍に増え、毎年100万件近く発生している高齢者の転倒骨折を防ぐために、転んだときだけ柔らかくなる置き床「ころやわ」という製品を作っています。当社ホームページ内で製品の特徴が分かる動画を公開していますが、これは様子が分かるよう、あえて派手にしてあります。
大事なのは、転倒対策の課題を再定義したこと。従来は転ぶこと自体が課題と見なされ、解決法はセンサーやカメラなどで検知して速やかに対処するくらいでした。転倒前に止めに入るには人手が必要で、転ぶくらいならベッドに縛るなどということも行われています。その結果、認知症が進んだり体が弱って病気にもなりやすく、国民医療費や介護人材の点でも負担が増えていきます。
そんな状況に対して、課題は転ぶことではなく、骨折することだと再定義したのです。転んでも骨折しない状況がつくれれば、恐れずに歩いてもらうことができます。それにより、弱った方々も自立して自由な生活ができやすく、おむつなどに頼らず自尊心を保てます。高齢者がいきいきと生活できるのです。
――そうして開発されたのが「ころやわ」なのですね。
歩いているときの衝撃や力ではへこまないが、転倒のような大きな力がかかるとへこむものを考えました。技術的にはメカニカル・メタマテリアルというジャンルで、大きな力がかかると内部構造が変化して堅さが一気に変わるというものです。
ベースになっているのは自動車工学と医学です。私は前職でヤマハ発動機に長く勤めていて衝撃吸収も研究開発していたので、それを応用しています。合わせて名古屋大学や藤田医科大学と性能に関する実証実験を行い、衝撃吸収性や歩行安定性を計測。それにより、フローリングに植木鉢を落とすと割れるが「ころやわ」なら割れない、歩いたり杖を突くくらいではへこまない、従来のスポンジ製マットよりも十分な堅さがあって安定して歩けると同時に、転んでも骨折しにくいといったことが証明されています。ここまでの安定性と転倒時の衝撃吸収性を両立したのは、世界初です。
製品としては、マットや部屋に敷き詰める、あるいは埋め込むような形で使われます。これまで病院や施設で120件以上採用され、転倒は日々起きていますが、骨折はゼロです。コンセプトムービーはyoutubeで100万回再生を超えたりテレビで取り上げられるなど、世間の関心も高まっています。
1,000件のヒラメキを経て、ようやく社会性と事業性が合致
――起業に至った経緯を教えてください。
学生時代から災害救助ロボットの実験をするなど、世界から事故や暴力をなくしたいと思ってきました。14年間勤めたヤマハでも、競技用バイクの開発で転倒時に車体をうまく潰すといった研究開発を手がけていました。また独自に、人を守る発明活動を行い、強い風を吹き出して雨から人を守るバイクや、折りたたみ携帯できる傘型の盾を作ったりしたのですが、これらは材料費もままならず、たくさんの人を守ることができませんでした。
そこでビジネスの構築方法を学ぼうと、2016年よりグロービス経営大学院に通い始めたのです。そこで学びながら、試作品制作や事業計画立案を10件以上、アイデアレベルでは約1,000件は社会課題とビジネスとソリューションが一致するところを探しました。まさにセンミツですが、そのなかの1つだった「ころやわ」のテーマに本格的に着手したのは2019年1月のこと。やっと社会性と事業性とソリューションが合致しました。
――「ころやわ」のアイデアに行き着いたときは、それまでとは違う手ごたえがあったのでしょうか。
それまでもテーマごとにチームを作ってトライしてきましたが、「ころやわ」のチームは、理学療法士を含む6人。当初はほかの予防医療や健康をテーマにしていましたが、社会性、事業性、ソリューションのずれを感じて、転倒骨折の課題に切り替えたのです。それで病院など、現場で困っている人の声を聞き、プロトタイプをつくってさらに要望を聞くうちに、皆さんから「どうしても欲しい」という声をたくさん頂きました。
そうして事業開発と研究開発を進め、11月にある程度目処が立ってきたので法人を設立したのです。その年末に1stRoundの採択が決まりました。提供される活動資金で開発を加速できることになり、翌年2月末でヤマハを退職。7月に病院での実証実験を行い、10月には最初の売上が立ち、そこから1年で導入件数は120件以上となっています。
提供のスタイルとして当初は、販売モデルとサブスクモデルを用意しましたが、販売の要望が多いため、いまは販売のみにしています。提供側としてはサブスクモデルにも可能性を感じるものの、答えを出すのはお客様ですから、今後も声を伺いながらリースや分割払いなどの対応も考えています。
――チーム作りはどのように進めてきたのですか。
そもそもこのテーマのチーム発足前から、いろいろな人とコミュニケーションを重ね、志の合う、かつ医療やマーケティング、ITなどが分かる人という仲間を探し、1人ずつ声をかけてチームを創ってきました。
チーム発足当時の6人のうち3人はサポーターという形ですが、現在もみな仲間です。後にCTOやデータマイニング責任者が加わって、パートも含め、約10人が中心メンバー。そのほかにプロボノや業務委託で、たとえばシステム改変時など、必要に応じて参加してもらうメンバーもいます。声をかける場として、グロービスのアントレプレナーズ・クラブ(GEC)という起業家コミュニティで自ら名古屋・東海地域の代表を務め、ワークショップ形式のイベントなどを企画・実行したりしました。
――今後の事業展開について教えてください。
直近ではセンサー入りの製品を作り、転倒前後のデータ分析により転倒自体の予防や再発防止も行っていきます。そうして現在120件という「ころやわ」の提供件数を、次の1年で5,000件以上、売上5億円にして単月黒字化を目指します。2025年には国内10万件に提供し、IPOも見据えます。また、海外市場からの引き合いもあり、すでにグローバルに向けたピッチイベントなどにも参加しています。2021年中には海外の現地調査を始め、1年後には販売開始、2025年には約4万件に提供できればと思います。
そうして将来的には床材やマットにとどまらず、新素材として建築物や乗り物での展開も視野に入れています。振動や騒音の抑制効果がありますし、自動車のシートベルトやエアバッグに次ぐ、サイドエアバッグとして標準装備していくことも考えられるでしょう。
こうしてメイン事業を新素材のプラットフォームとして確立した先には、飛び地の事業として、子どもを巻き込む交通事故や水難事故の防止という課題を解決する事業も考えたいと思っています。今のメンバーや技術でできそうなことをやるのではなく、世の中の人が困っていることに対して資金と人材を集め、皆で解決するという考え方ですね。
実践的アドバイスにより、資金調達を効率的に実現
――改めて、東大IPCはどのような点で役立ちましたか。
ハードウェアのスタートアップですので、まとまった活動資金をいただけたことで、開発を進めることができたのが大きかったです。また、シード期の資金調達に向けた活動で、初めてで要領も分からない中、経験豊富な方々からアドバイスをもらえたことで、2020年9月に4,000万円の資金調達が実っています。実際、日本に何百社とあるVCのなかから、当社に適したところを紹介いただけたので、効率よく進められました。3~4ヵ月で40~50社のVCに当たりましたが、支援がなければもっと時間がかかり、100社は会わないと難しかったのではと思います。
――初めて資金調達した4,000万円の使途を教えてください。
当時、製品仕様はある程度まとまっていたので、生産体制構築と原材料費であっという間に消えました。おかげでうまく事業が回り始め、2021年10~11月には新たに資金調達と補助金で約計2億円が入り、次の生産~販売のステップへと広げます。
――起業を考えている人へのアドバイスをお願いします。
まず、自分がどういうことをやりたいのか、たとえば「健康」など大枠でよいので方向性を定めることが大切だと思います。何でもよいから起業したい、では続けられないでしょう。そして、それに共感できる多様な仲間を集めるのが次のステップです。1人では事業化も社会を大きく変えることもできません。そうして良い仲間とチームで取り組んでいけば、自ずと道を切り拓いていけます。その際は、たくさん行動することで、いろいろな人と話し、現場に行って困っている人や自分たちのアイデアを喜んでくれる人に触れることで、自分の志も育って行きます。その積み重ねが重要です。仲間集めでも行動することが大事。知り合いが少なければチャンスもシナジーも生まれにくいので、いろいろな人とつながっていくことを意識すると良いと思います。