東大発VCの投資事例から学ぶ!新規事業を成功させる、カーブアウトの可能性|ハイライトレポート
「東大発VCの投資事例から学ぶ!新規事業を成功させる、カーブアウトの可能性」をテーマにしたセミナーが、2022年3月3日(木)にビザスク社の主催で開催されました。
このセミナーは、新規事業に最適化された組織のスキームを構築する手段としてのカーブアウトについて、「なぜ事業成長を加速し得るのか」「どのような場合に行うべきか」「メリット・デメリットは何か」という基本的事項のほか、「VCの投資判断基準や決定フロー」「投資観点での新規事業の成功要諦」「飛び地・海外での新規事業開発」などを実際の事例とともに解説していただくものです。
今回は、東大IPCの投資責任者である水本 尚宏と、その投資先で、ユニ・チャームからのカーブアウトに成功された、Onedot株式会社 代表取締役CEO、鳥巣 知得氏にご登壇いただきました。こちらの記事では、特に盛り上がった内容についてハイライトでお伝えします。
【目次】
▼登壇者プロフィール(順不同)
水本 尚宏(みずもと たかひろ) 東京大学協創プラットフォーム開発株式会社 投資責任者
大和SMBCキャピタル(現、大和企業投資)にてIT・医療などハイテク分野へのベンチャー投資を経験し、昭和シェル石油に転職。タスクフォースリーダーとして決済プロジェクト、新電力プロジェクト、店舗のデジタルトランスフォーメーションなど、新サービス企画から市場導入までを主導。 2017年より東大IPCにて再度ベンチャー投資業務を担当しつつ、1stRoundを創設。その後、AOIファンドを立ち上げた。京都大学院修了(技術経営学)、弁理士試験最終合格(2004年)。
鳥巣 知得(とす ちとく)氏 Onedot株式会社 代表取締役CEO 上海万粒網絡科技有限公司 董事長CEO
BCG Digital Ventures およびボストン・コンサルティング・グループにてPrincipalとしてインターネット領域の新規事業やグローバル戦略に携わる。ナップスタージャパンにて経営戦略部長として世界初のモバイル音楽聴き放題サービスを立ち上げ、東京大学在学中に株式会社ALTを立ち上げる。現在は、妻と息子(4歳、2歳)と上海に在住。
▼主催者プロフィール
「知見と、挑戦をつなぐ」をミッションに、世界中のイノベーションを支えるナレッジプラットフォームを運営。国内外45万人超の知見データベースを活用し、新規事業開発における業界研究やニーズ調査、人材育成、グローバル進出等、様々な課題の解決に、テクノロジーと高度なオペレーションで個人の知見をピンポイントにマッチングしている。
Onedotの事業紹介
鳥巣:私は、Onedot株式会社と上海万粒網絡科技有限公司という2つの会社を運営しています。中国向けの事業を主に展開しており、私含む経営陣ほぼ全員が中国に常駐し事業を手掛けています。
具体的な事業内容は、中国向けのデジタルプラットフォームの運営で、育児関連のメディアや、ペットの健康管理を支援するプラットフォームなどを手掛けています。また、自社の知見を生かして、類似の分野を手掛ける日本企業の中国向けのデジタルマーケティングや、新規事業創出の支援なども行っています。
現在はスタートアップとして経営を行っていますが、出自としては私が個人で作った会社というよりは、ユニ・チャームとBCGの間の共同プロジェクトとして始まった会社です。コンサルティングプロジェクトの終了後、実際に事業化しようと考えてBCGを退職し、ユニ・チャームとBCGの出資のもと会社を立ち上げました。
立ち上げ当初の2017年に手掛けた事業は中国向けの育児メディア「Babily」の運営で、数年間で事業が急速に拡大しました。この頃には中国向けのデジタルマーケティングの支援事業もスタートさせ、売上が増加しています。そこで、事業の加速化を実現させるために、これまでと異なるファイナンスとして、2020年の5月に東大IPC・日本生命・住友商事などから総額10.5億円の資金調達を実施しました。これに伴い、資本構成が変わり、カーブアウトとなった、というのが来歴です。その後は、中国向けペットの健康管理サービス「Petnote」等の新サービスも立ち上げ、現在順調に成長しています。
なぜ今カーブアウトなのか?
ーー東大IPCとして、ファンド設立の狙いや、カーブアウトしたベンチャーを主な投資対象としている経緯をお話いただけますでしょうか?
水本:昨今の新規事業ブームの中で、日本の大手企業から新しい事業の種が多く出てくるようになりました。その一方、多くのケースが「新しい事業の種をどのように扱うのか?」という問題に直面している状況です。せっかく事業が成長し、1〜2億円規模の売上を出せるようになってきたものの、そこから10億円・20億円・100億円の売上を目指す中で、現在の親会社が必要な社員数の確保を認めてくれない場合が多く、「事業内容が良くてもスケールできない」という問題が発生しています。
現在の日本の大企業には、既存事業に最適化された組織・文化が根強くあり、それに適したメンバーが集まる傾向があります。その中で新しい事業を効果的に進めるには、親会社を変えて、組織・文化を一新する必要があるのです。これが、カーブアウトの実施件数が増えている最大の理由です。
カーブアウトの仕組みは、コンピューターのOS変更と似ています。従来のやり方(OS)が悪いわけではなく、単純に新しいモノを動かそうとすると、これまでのやり方ではミスマッチが起きてしまいます。そこで、新しい事業に最適な箱を作ることが求められます。
新規事業に適した箱(組織)が不在の場合、取り得るアプローチは主に4つありますが、特に有力なのは「買収したベンチャーの経営者に託す」もしくは「カーブアウトにより、組織の連結から外し、事業を独立させる」選択肢です。
そこで、東大IPCでは、主にカーブアウト・買収の手法を用いており、これを推進していくため、2020年に新しいファンド(AOI1号ファンド)を作りました。現在、ファンド総額256億円にまで規模を拡大しています。
カーブアウトという言葉を使うと誤解されがちですが、東大IPCが推進するカーブアウトは従来のものとは異なります。従来のカーブアウトは、主にPEファンドが行っていたもので、すでに成長しきった事業を切り出し、企業再生を図るための手法です。これに対して、東大IPCでは、事業を成長させるためのカーブアウトを推進しています。売上規模は数億円ほどであるものの、成長力・ポテンシャルが高い事業についてカーブアウトを行い、組織のOSを変更し、非常に柔軟な人事体制・システムを敷いたうえで、自由に経営してもらいながら成長を図るというアプローチです。
ーー鳥巣さんは、どのような理由でカーブアウトを選ばれましたか?
鳥巣:我々の場合は、事業面と経営面での要請がありました。事業面では、「プラットフォーム運営のような中立的なビジネスを行ううえで、1メーカーの子会社ではなくなった方が事業を拡大しやすい」という思いです。
次に経営面では、主に「インセンティブとガバナンスの側面から事業成長の速度を上げたい」という思いがありました。インセンティブとしては、高リスクの新規事業を推進する中で優秀なメンバーを確保したい場合、ストックオプションなどの手段を用いなければなりません。こうしたシステムを導入するうえで、大企業の子会社のままでは難しいのが実情です。
ガバナンスとしては、ユニ・チャームの中でも当時は大変柔軟に扱ってもらい感謝しているのですが、投資方法に関する意識決定や決済スピードなどは、大きな上場会社と小さな未上場会社とでは必要なプロセスが大きく異なります。そこで、カーブアウトの実行を決めました。
VCの投資判断基準や決定フロー
ーーVCの投資先選定のプロセスはどのようなものか、また、Onedotさんへの投資を実行した理由・決め手などをお教えいただけますでしょうか?
水本:投資決定フローは非常に一般的で、通常のベンチャー投資の判断と、それほど大きく変わりません。ただ、特徴的な部分として、カーブアウトを行う際は、親会社を説得するフローが追加される点が挙げられます。一般的なベンチャー投資の場合、子会社と我々が投資条件に合意すればプロセスが終了しますが、カーブアウトでは子会社と一致団結しつつ、親会社とも合意を取り付けなければなりません。
なので、カーブアウトの場合、最低3カ月程度、長い場合は半年程度がかかります。これに対して、一般的なベンチャー投資の場合、大急ぎで行えば1か月、通常は2か月程度で済むケースが多いです。
Onedotさんに投資を行った決め手として、最も根幹にあるのは「中国という国で、日本人がスタートアップを経営している事例が非常に珍しい」ということです。こうした困難な挑戦を行っている人たちを応援するのが、東大IPCの役割だと思っています。
次に、「Onedotさんの事業性や、これを推進していく経営陣の魅力」が挙げられます。この点は、通常のベンチャー投資と変わらない部分です。魅力的な事業であれば投資を行いたいですし、良い経営者であればなおさらです。そのうえで、「親会社を説得できるか」というのが、カーブアウトにおける投資判断基準として大きいです。
事業立ち上がりからカーブアウトまで
ーー鳥巣さんにお聞きいたしますが、事業開発からカーブアウトまでのタイムスケジュールに至るまでの経緯や、感じた苦労などをお教えいただいてもよろしいでしょうか?
鳥巣:事業の立ち上げに際しては、「大企業」「海外」「新規事業」という3つに苦労を感じましたね。Onedotは、プロジェクトから始まった会社であるという点に特徴があると思います。
当初は「デジタルテクノロジーを活用し、中国の育児層を助けられないか」という視野で始まった、いわゆるオーソドックスな新規事業開発プロセスで、中国の沿岸部を中心に、100人以上に顧客インタビュー・訪問調査を行いました。そのおかげで、「一般的な中国人の方よりも遥かに育児分野に詳しい」と言えるまでにはなったと思います。
膨大なインタビューを通じて、たくさんのアイデアを出し、プロトタイプを作り、テストを行い、改善するというサイクルをひたすら回し、半年ほどで「ソーシャルメディアを使った育児メディア」というアイデアに行きつきました。
その後は、ペット健康管理アプリの開発・運営や、中国デジタル戦略・マーケティング支援事業なども手掛けるようになり、売上が伸びていった中で「中立的なプレイヤーにならないと顧客を獲得しにくい」「大きな資金調達を行い事業を加速させたいものの、親会社の財務面に負荷をかけてしまうおそれがある」「親会社で出資者のユニ・チャームに感謝の思いがあり、戦略面・財務面からリターンを返したい」といった思いが生まれ、これらを実現させる手段として、親会社と綿密に話し合いながら、カーブアウトを検討しました。
ただ、カーブアウトの場合、カーブアウト前の親会社と、カーブアウト後の新規投資家様との間で利益相反が起こるおそれがあるため、「いかに継続して、以前の親会社との間で友好的・建設的な関係を築いていくか」という部分の検討について、多くの時間を費やしましたね。とはいえ、カーブアウトする子会社は大企業から見て規模的に大きな存在ではないことも多いため、事業を成長させるために必要なものを突き詰めて検討し、それを新規投資家様と以前の親会社の双方に伝えることが最も重要だと感じています。
大企業からのカーブアウトの理由・事例
ーー水本さんにお伺いしたいのですが、これまでの経験の中で、カーブアウトを行う企業の事例や理由などをお教えいただけますでしょうか?
水本:カーブアウトの理由は、私としては「現金化したい」「戦略不一致」「そうせざるをえない」の3つに収斂されると考えています。
「現金化したい」は、先ほど述べたPEファンドによるカーブアウトの典型例ですね。事業ポートフォリオを整理して売却し、現金を獲得し、他の事業に投資していくためにカーブアウトを行うパターンです。
「戦略不一致」は、「親会社として、本業に近い事業にさらに投資したい」といった事例が典型的で、創薬会社で多く見られます。例えば、がん全般の医薬品を手掛けていた会社が、今後は膵臓がんに特化し、胃がんの研究をストップするとなると、胃がんの研究シーズを持て余してしまいます。しかし、胃がんの研究シーズを独立させて、それに投資してくれる人がいれば、これまでに費やしてきたお金の一部が返ってくる可能性があります。
「そうせざるをえない」も、多くの事例があります。子会社がカーブアウトを望んで親会社を説得し、カーブアウトを勝ち取ったパターンです。極端な事例では、その部門の人間が全員辞表を出し、カーブアウトの交渉に臨むというケースもあります。現場にそれだけ自信があるわけなので、成功率も高いです。とはいえ、鳥巣さんの事例のように、親会社との関係を良好に保つことが非常に大切なので、こうした交渉の進め方はできるだけ避けるべきです。
カーブアウトを目指す方に向けたアドバイス
ーーこちらも、水本さんにお伺いいたします。本日、新規事業開発担当の方も非常に多くご参加いただいているかと思いますが、その中でも特にカーブアウトを目指される方に向けて、何かアドバイスをいただけますでしょうか?
水本:まず大切なことは、現在、皆さんが行っている事業をしっかり回すことです。当然ですが、そもそも事業に魅力がなければ、投資家は投資してくれず、カーブアウトは行えません。さらに言えば、母体の会社としても、伸びている事業を作っている経営者の思いを尊重しようと考えるのが自然です。やはり、事業をしっかり成長させることで、初めて担当役員が皆さんのことを信用しますし、外部投資家が付くようになるというのが基本です。
カーブアウトというと、株主構成や資本の割合などに関する話題が挙がることも多いですが、最も大切なのは「良い事業」を作ることです。これさえできれば、他のすべての問題は何らかの方法で解消できます。ですので、私からアドバイスを申し上げるならば、まず「良い事業」を作り、親会社や外部の投資家から信頼を得ましょう。
大企業の新規事業開発におけるTips
ーー最後に鳥巣さんに、大企業において新規事業開発に取り組まれている参加者の皆様に対して、Tipsやカーブアウトに限らず何かアドバイスがありましたら、お願いいたします。
鳥巣:これまで中国向けに事業を展開してきた経験を振り返ると、「顧客とその問題解決に集中すること」が何よりの近道だったなと感じています。
大企業の新規事業で困難なのは、会社全体の戦略から見たときの制約や、組織内のパワーバランスなど、顧客とは直接的に関係しない要素を考慮しなければならない点だと思います。とはいえ、その問題の解決に集中しすぎると、事業に失敗してしまう可能性が高いです。なので、新規事業開発プロセスでは、「大企業での新規事業における困難な問題に葛藤しながら、それでも顧客のニーズに集中する」ことが非常に重要なポイントになると思います。
カーブアウトの前後・最中を問わず、ファイナンスは事業成長のために有効的な手段として使えるので、このことを株主から委託を受けた経営者が強くプレゼンテーションできるかどうかがポイントだと思います。そのためにも、事業成長の実績や計画をしっかり作ること、逆に言うと、それ以外のことをなるべく行わないよう調整することが大切ですね。
Q&A
ーーここからは質疑応答に移ります。事業売却と比較した場合のカーブアウトの選択肢は、いかなる観点で親会社にとってメリットがあるとお考えでしょうか?
水本:そもそも、このステージにおける事業売却は、それほど良い意味を持ちません。事業売却において、PEファンドや大手企業の買い手が付くのは、基本的に売上が最低でも数十億円ある黒字の事業です。そのため、カーブアウトを検討している新事業の規模感では、事業を拡大させないと、そもそも買い手が付かないため、事業売却が選択肢として挙がらないことがほとんどです。
また、よく聞かれる質問に「良い事業をカーブアウトして、親会社は納得するのか?」というものが挙げられますが、「成長させないと意味がない」というのが結論です。そもそも事業規模を拡大しないと売却やIPOを行えないうえ、親会社にとっての影響も小さいままです。こうした状況では、成長させないと親会社にとって何もメリットを生みません。なので、「成長させるうえで必要だからカーブアウトを行う」ということを、経営陣にしっかり伝えることが大切です。
ーー鳥巣さんのお立場から、カーブアウトの必要性を伝えるうえで苦労した点、乗り越える方法などをお聞かせいただけますでしょうか?
鳥巣:大切なのは、「カーブアウトするとなぜ事業が成長するのか?」ということを、噛み砕いて具体化させて話すことですね。例えば、「より大きな投資を行える」「このような人を採用できる」「このような会社を顧客にできる」などです。「カーブアウトしなくてもできるのではないか?」と言われたときに、「できなくはないけど、これだけのことが実現しますよ!」と自信を持って返すには、事業の解像度を上げておく必要があります。
また、「経営陣の利益のため」と思われてしまうと相手側に納得頂けないことも多いため、カーブアウトの実施有無に限らず、普段から事業に対して真摯に取り組んでいる姿を見せながら、信頼関係を構築しておくことも大切だと思います。
ーーその瞬間での説得のほかに、長い時間をかけて姿勢を見せていくことも大切なのですね。お二方とも、貴重なお話ありがとうございました。