2025/2/25

東京大学杉山・Badr研究室発の先端数理モデルで、医薬品などの「製造プロセス最適化」を実現

株式会社Auxilart | 代表取締役CEO ⾦ 俊佑(キム・ジュンウ) / COO 沖田慧祐

2024年度の第10回1stRound支援先の一つである株式会社Auxilart(オキシルアート)は、2023年7月に創業した東京大学杉山・Badr研究室発スタートアップ。新薬開発で大きなコストを占める製造プロセス最適化を、独自のモデリング・シミュレーション技術で効率化・短期化するサービスを開発、提供している。代表取締役CEO ⾦ 俊佑(キム・ジュンウ)氏とCOO 沖田慧祐氏に、事業の概要や独自性、起業に至った経緯、今後の展望などを聞いた。

少ないデータ量でのシミュレーションで、時間とコストを大幅に削減

―まず、Auxilartの事業について教えてください。

金:製薬業界に向けてモデリング・シミュレーションサービスを提供しています。製薬業界では一般的に、新薬の候補物質を見つけた後、商用生産に向けてプロセスを開発します。商用とする場合、当初実験室で数マイクロリットルから数ミリリットル規模だったものが、数千~数万リットルを必要とするため、1~10万倍あるいはそれ以上のスケールアップが必要です。その過程で、攪拌速度や初期濃度、初期温度、フィードの量やタイミングといった各種パラメーターを最適化します。理論上その組み合わせは数百万通りありますが、現状ではそれまでの経験や知見をもとに数百から数千回の実験を繰り返して最適化を行い、製造プロセスを開発しています。

このような製造プロセス開発には、100億円のコストと6年の時間がかかることもあるのですが、これを大きく削減できるのが当社のソリューションです。

―御社だからこそできるというポイントは何でしょうか。

沖田:当社の技術は、東大の杉山・Badr研究室の研究成果をベースにしています。杉山教授はスイスの製薬会社ロシュで製造に携わった経歴を持ち、現場ニーズを踏まえた新技術の社会実装を目指してこられた、この分野の日本の先駆者なのです。

また、この分野は、医薬品やその製造に関する知識から、化学、生物学、デジタル技術など、複数領域に精通していることが重要で、参入は容易ではありません。実際に世界でもこの分野の研究は非常に少ないのが現状です。

モデリングアプローチは、大きく分けて2種類があります。1つは、AIや機械学習によるデータ駆動モデルです。大量のデータをもとに学習させたモデルで、創薬分野でもよく活用されています。しかし、当社が取り組む製造プロセス開発では取得可能な実験データが限られるため、データ駆動型モデルでは適用が困難な場合が多いです。     

もう1つは、当社技術のコアでもある物理モデルです。これは、物理・化学・生物学的な原理に基づくモデルであり、培養や化学合成など、対象プロセスを微分方程式に落とし込みます。データ駆動モデルでは数千から数百万規模のデータが必要とされるのに対し、物理モデルなら多くても数十個程度のデータでモデル構築が可能です。この点が当社技術の大きな強みであり、他社にはない特徴となっています。

―事業化フェーズは現在どのようですか。

沖田:2段階の戦略を考えており、今はその第1段階に取り組んでいます。第1段階では、製薬業界の限られた少数の顧客に対し、高単価のコンサルティングサービスとして、案件ごとにプログラムを組んで提供しています。製薬業界はトップ20 社が業界売上の過半を占める市場構造なので、このトップ20 の攻略が重要です。そのうち日本企業は1社しかおらず、製薬会社をターゲットにビジネスをやるのであれば、グローバルへの展開は必須です。現状、大手国内製薬会社様とは多数のプロジェクトが進行中なので、そこで事例を作り、グローバルへと広げていきたいと考えています。          

そして2段階目では、化学・食品業界にも展開し、より多くの顧客に対して低単価でプロダクトを提供するビジネスモデルとしていきます。プロダクトの開発は2024年からすでに着手しており、複数の業界に共通する課題に対応できる有効なプロダクトを目指しています。2026年にはリリースしたいですね。

自由度の高い資金、コスト削減につながるサポート、メンターの的確なアドバイスが魅力

―2023年7月にAuxilartを設立されていますが、起業に至った経緯を教えてください。

金:私は杉山・Badr研究室にて修士・博士を修了し、現在も特任研究員として在籍しております。そこで、開発した技術を社会に還元していきたいという杉山教授の思いを受け、この技術を事業化するべく、杉山教授とBadr准教授、林助教と共同で会社を設立しました。起業には学部生の頃から興味があり、さまざまな活動に取り組んできたことが、現在の事業にもつながっています。沖田さんとの出会いは、ビジネスサイドのパートナーを探して参加していた、VC主催のビジネス人材とのマッチングイベントです。20名ほどの方と面談しましたが、沖田さんは事業開発やビジネス全般の能力が高く、人としても尊敬できました。仕事の進め方などの相性も良かったのが決め手です。

沖田:私は「科学技術で世界を豊かにする」という夢を持っています。子どもの頃からSF小説、映画、アニメが大好きで、その影響で科学技術は人の負を減らして自由度を高めるものだと感じ、いつかアカデミアで生まれるような最先端の科学技術を社会に還元するような仕事がしたいと思っていました。新卒でコンサル会社に入社した後、スタートアップでマーケティングを担当していた2023年9月に、研究者とのマッチングプログラムで金さんと出会ったのです。まず魅力的だったのは、市場の大きさと技術優位性の高さです。医薬品製造は大きい市場でありながら、技術の独自性から競合もほとんどいませんでした。そしてもう一つは、金さんの人柄です。私はコンサルティング会社の時の経験から、企業経営において、組織、特に経営チームの人としての相性が最も大事だと思っていました。その点金さんは非常に話が合い、技術者にもかかわらずビジネス感度も高いので、良いチームが作れると感じました。

―2024年度の1stRoundに応募された理由は何でしたか。

金:調べた中で最も、起業家の立場で考えられたプログラムだと思ったからです。特にディープテック、大学の技術で事業化やスケールを目指すならこれだと思いました。

私たちは第10回で採択されましたが、実は第9回にも応募しておりました。最終審査で落ちてしまい、二度目の挑戦で採択されることができました。

そこで、半年かけてプロダクトについてしっかり考えて盛り込んだり、1stRound向けの工夫として、審査員の半数を占めるスポンサー企業に対してどのような協業ができるかのアピールを強化したりしました。

―1stRoundに採択されて、実際に役立ったことを教えてください。

金:まず、ノンエクイティの事業資金がありがたかったです。一般的なプログラムだと使途に制約があるものですが、1stRoundでは自分たちで使い道が決められるので、シミュレーションに必要な計算機器の導入など、事業化に向けた体制を整えることができました。

また、NotionやSlack、Azureなど、さまざまなツールが使えたのも大きく、おそらく金額換算すると数百万円になったかと思います。弁護士に無料で契約書のチェックなどを依頼できるなど、コスト削減につながるサポートが充実していました。

沖田:さらに、レベルの高いスタートアップ経営者の皆さんとのつながりが得られたのも大きかったです。それぞれの分野やB2B、B2Cといったビジネスモデルも異なるので刺激になりつつ、事業や経営のレベル感でも皆、本気で世界を変えたいと思っている人が揃っているので、非常に話が合います。交流機会として、一度長野でキャンプ合宿があった他、日常的にもシェアリングオフィスの1stRound BASEに皆よく集まっています。そこで会った人にあいさつしたり、紹介されて話をしたりすることが多いですね。また、Slackがアクティブに運用されていて、実際に悩みを投げかけたりすると反応してもらえ、そこでもつながりができました。

―メンターからは、有用なアドバイスが得られましたか。

金:はい。長坂英樹さん、川島奈子さんのお二人が、採択前の書類審査から見てくれて、長きに渡りフィードバックやコメントをもらえました。長坂さんからはピッチ資料に関して具体的なフィードバックを多数いただき、ディープテックの難解な技術を投資家に理解してもらえるようブラッシュアップできましたし、川島さんからは事業計画に関してフィードバックをいただきました。今も記憶に残っているのは、ステップバイステップの事業計画が欲しいというコメントです。今になってその必要性を実感することができて、半年も前に指摘されていたわけなので、非常に的確なアドバイスだったと思います。

沖田:加えると、長坂さんはご自身が起業されグローバル展開をしていた経験を持たれており 、グローバル展開を当たり前のように勧めてくれ、海外のPR会社も紹介していただきました。創業期にもかかわらず目線を引き上げてもらえましたし、採択後の今も高い視座で刺激を与えてくださっています。

起業だけが選択肢ではないが、それでも挑戦したいと思えるかが大事

―Auxilartは今、どういったメンバー体制ですか。

沖田:創業からの技術顧問として、杉山教授とBadr准教授、林助教のお三方にコミットしていただいています。経営方針のディスカッションにも参加され、営業活動にも積極的に関わっておられます。その他、バックオフィスを担当していただいている業務委託が1人と、学生インターン3~4人にお客様への納品を手伝ってもらっています。

今後は、プロダクト開発やコア技術の研究開発のための人材を強化していければと考えています。

金:そのためにも、エクイティでの資金調達を2025~26年には行いたいと思い、VCなどと話を始めているところです。

―金さんは、研究室に残ってそちらから事業化をサポートする道もあったかと思うのですが、悩まなかったのですか。

金:自分の場合はあまり難しく考えず、自分がやりたいことをやるだけでした。悩むくらいなら、起業しないほうがよいのではと思ってしまいますね。

起業は実際、不安要素や不確定要素が多々あり、本当に大変です。自分たちの技術に自信があっても、それがビジネスとして受け入れられるかは、やはり不安を感じることもあります。また大企業に就職すれば、キャリアパスや想定年収などもある程度予測できますが、起業すれば、営業してビジネスができるまで何年かかるか、決まった道ではありません。それでも「やろう」と思えることが大事なのだと思います。

―最後に、起業を考える方へアドバイスをお願いします。

沖田:どんな人に起業を勧めるか、というのは色々な回答があると思いますが、私は社会をこう変えたい、こんな社会をつくりたい、そんな志を持つ人には特に強く起業を勧めたいです。今なら様々な国や機関からの補助も沢山あり、かつ昔のように新卒でなければ転職しづらくなる、というようなこともなく、リスクも非常に低いです。その中で、世界に飛び出す志をもった起業家の方には1stRoundに参加することを強くお勧めします。1stRoundは、日本で最も起業家のことを考えたプログラムだと感じます。当社もさまざまなプログラムに採択されてきましたが、創業期に最もためになりましたし、ハンズオンのサポート内容にも満足です。また、本気で技術で世界を変えたい人たちが集まっているので、そういう志ある方々とつながる場としても、ぜひ活用してもらいたいですね。

金:そうですね。起業したい気持ちがあって、何かプログラムに応募しようと思われるなら、私も1stRoundを第一の選択肢としてお勧めします。

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