2018/12/8

法律業界のイノベーションに自然言語処理の技術で挑む

株式会社Legalscape|八木田CEO

第2回東大IPC起業支援プログラムに採択されている株式会社Legalscapeの八木田CEOへお話を伺ってきました。2017年度未踏アドバンスト事業にも採択されているAIベンチャーです。

法律業界のイノベーションに自然言語処理の技術で挑む、株式会社Legalscapeの知られざる姿に迫ります。

 

「まずは、事業概要のご説明をお願いします。」

日本にいるどんな人でも日本の法律に関わっているわけですが、日本の法律をちゃんと理解しているという方は非常に少ない状況です。例えば法律に詳しい弁護士は日本に4万人弱しかいません。人口からすると0.03%くらいなんですね。日本には法律に関する大きな知識格差があって、それを我々のIT技術で埋めることをしたいんですよね。これが最終的な目的というか、ビジョンです。

例えば簡単な訴訟手続きを個人が実施できる仕組みや、このケースではどういった法的論点があって、これくらいの金額を加害者に請求できるといった情報提供などを通じて、法律の知識格差を解消したいと思っております。ただ、それを実現するためにはいろいろな技術的・法的な壁を乗り越えなくてはいけません。まずは一般向けではなく、法律家に向けて様々なサービスを提供するのが先だと思っていて、現在はそれをやっているところです。

具体的には、弁護士の先生方や、企業の法務部の方々が日々行なっている、「リーガル・リサーチ」と呼ばれるものの支援をするソフトウェアに取り組んでいます。彼らは、法令や、専門書、官公庁や規制団体の出す様々な法律文書を調べ、日々の業務を行なっています。このような法律文書は、一般の文書と異なり日本語の書かれ方が特殊であったり、文書間の参照関係が豊富であったりと、様々な特徴を備えています。そのような特徴と、私たちの専門であるコンピュータ科学(特に機械学習)の知見を用いて、分析・整理してゆくことで、文書を探しやすく、読みやすくしています。いわば、法律情報に特化したGoogleのようなものを作ろうとしています。

その最初のプロジェクトとして、判例の構造を分析し、読みやすくするような技術を開発し、特許を取得しました。

 

「事業の段階としてはどのフェーズにいるんでしょうか?」

判例データベースの企画に関しては、情報処理推進機構の未踏アドバンストでの成果を踏まえ、大きな事業者さんとの協業という形で具体化しており、プロジェクト開始から既に半年以上経過しています。今後は、リーガル・リサーチを支援する自社サービスをリリースしていきたいと考えております。現在は、どういうニーズがあるのか探りつつ、プロトタイプを作って検証している最中です。その過程を通じて、様々なアイデアの中でも、何をどのくらいの重きをおいて開発していくのか検討しているところですね。

 

「裁判の判例を使ってサービスを構築しようと思い立ったきっかけは?」

大学院時代の研究内容を考えていたときに、全くIT化が進んでいない業界をテーマにしたいと考えました。医療と法律がITを使えていない代表的な業界なのですが、何人か親戚に弁護士がいたので、法律であれば何かあったら知人に相談できるな・・・ということで法律をテーマに選びました。実際、法曹界においてITで改善できることは沢山あるとの当事者からの声を多数いただくんですよ。未だにメールではなくてFAXでやり取りしているような業界ですから、と。そこから研究成果を皆さんに使ってもらえるよう事業化しようと考え始めたのが2017年の4月です。今から思うと、事業化することを前提に研究テーマを決めたのだと思います。

 

株式会社Legalscapeの八木田CEO

 

「貴社の体制を教えてください。」

現在弊社には私とCTOの城戸、そしてエンジニアの水上がいます。私と城戸が創業者です。水上は2018年5月に正社員として入ってくれて、今は城戸と一緒にいろんなものを作っています。城戸と水上はMicrosoft出身でお互い同期の間柄でしたが、私は城戸から紹介されるまで水上と直接の面識はなく、入社する1か月前に彼とご飯を食べながら色々話して口説きました。エンジニアって癖が強い人が多いのですが、水上はコミュニケーション能力が高く、なにより我々が目指すビジョンに共感してくれました。

私の担当は開発以外のすべてです。ただ会社の重要な意思決定は、城戸と2人で話し合って決めていますし、資金調達の話はもちろんですが、重要なミーティングにも2人でスーツを着て出席しています。ただ、すべてのミーティングに城戸が参加すると、開発にかける時間が無くなってしまうので、全体の1,2割に抑えて貰っています。

開発手法は、ベンチャーらしくプロトタイプを作って、それを持って顧客ヒアリングに行き、フィードバックをもとに修正を繰り返す作業を繰り返すイメージですね。何か設計書に基づいて開発をすることは殆どありません。

 

「社内の体制で強化したい部分はどこでしょうか?」

実務経験のある弁護士の採用です。我々は弁護士業界に関する知識をつけてきたつもりですが、弁護士の実務経験はありませんし、先生たちが朝起きてから夜寝るまで何に時間を使っているのか等、業務感覚を持っているわけではありません。もちろんヒアリングはしたり、色々とアドバイスはしていただいているのですが、やはり我々と朝から晩までこの事業のことを考えてくれる弁護士の先生がチームにいれば開発スピードが上がると思っています。

 

「大学に入ってから今に至るまでの経緯を教えてください。」

もともと東大の理科一類に所属していました。東大は3年の進学振り分けの際に、どこの学科へ行くか選択できるんですよ。昔からずっとコンピューターのことが好きで勉強したかったので、理学部の情報科学科に進学しました。その当時、同じ学科の先輩たちはだいたいGoogleなどの巨大IT企業にエンジニアとして就職していきました。初任給も800万ぐらい貰えるし、特に迷う必要がないという雰囲気がありましたね。

私もその頃は、そういうキャリアになるのかなぁ・・・と、ぼんやり考えていたのですが、大学院に進学して修士1年の頃に、Microsoftへ2ヶ月ほど長期のインターンをして、そのあとベンチャーの手伝いをする中で考えが変わりました。

私が配属されたのはOfficeチームといって、文字通りMicrosoft Officeを作るところです。約10億人が日常的に使うソフトを作るという、すごく社会的なインパクトのある部署なんですよ。ただ、実際に我々がやることは細かいバグを直すとか、そんなに重要ではない機能を作るということでした。Officeチームはエンジニアだけで数千人いる大組織なので、その中の末端の末端であるインターン生ができることなんて限界があったのです。

そんな環境で今後10年間働くことを想像した時に、確かにお給料は良いかもしれませんが、本当に僕がやりたいことじゃないなと感じました。では自分は何をやりたいのか考えていた時に、ベンチャー企業を手伝わないかと誘われて1年くらい働く機会がありました。Microsoftと違って、ユーザーが殆どいないのですが、どういう方向性で製品を作っていくのか全て仲間内で決めることができました。Officeのように自分の範疇外で製品の方向性が決まるけど10億人が使ってくれるサービス開発と、自分達で全部決められるけどユーザーが少ないサービス開発を両方経験して比較したときに、私には後者の方が合っていると感じました。ですから、どこかのタイミングで会社を作ることは大学院時代から、既に決めていました。

 

「会社を立ち上げたタイミングは?」

2017年3月に大学院を修了したタイミングで、手伝っていたベンチャーは辞めて、内定も辞退し、新たな事業を始めることにしました。どんな会社を作ろうか、いろんな人にヒアリングしながら考えていた際、たまたま情報処理推進機構(IPA)がやっている未踏アドバンスト事業の募集が始まり、そこに2017年4月に応募しました。

応募する時に誰か仲間と一緒にやれないかなと思って、手伝っていたベンチャー企業で一緒に働いていた城戸を誘いました。彼はMicrosoftに新卒入社していたので、未踏は最初副業的な形で関わっていてくれていました。その後、副業で開発を続けていくのは厳しいよねと考えていたということもあり、彼は2017年9月に会社を辞め、同時に共同創業という形で法人の設立登記をしました。

 

「エンジニアの道、起業家の道という複数の選択肢があった中で、起業家を選んだ理由は?」

私の適性上、エンジニアよりもCEOの方が向いていると思っていました。城戸はCTOをやっていますが、彼の方が圧倒的に早くて綺麗なコードを書くんです。一方私は、情報が少ない中、今までの経験や知識を何となく当てはめて考えることで正しい決断をすることは得意だと思っています。その適性を優先したという点が大きいと思います。

また、CEOにはビジネス畑や技術畑など色々なタイプがいますが、私はハイブリッドな存在になれると思っています。元々エンジニアをやっていたのですが、今は会社を経営するということを学んでおり、まだまだ未熟ではありますが、今後5年、10年先では技術のこともわかった上でビジネスの意思決定ができる経営者になれると考えています。そういった存在は、今後社会的にも価値が出てくると考えています。

 

「ベンチャー企業を立ち上げて良かったことは?」

全てのことが良かったと思っています。最初のお金がなかったころは辛かったのですが、ある程度売上が立つようになってからは、お金に困るようなこともないですし、自分たちの考える理想に近づけるために、日々やっていくことを決められるのは素晴らしいです。全て自己責任ですがね。自分たちで重要な意思決定をできて、我々の行動が何ヶ月か後、何年か後にどう反映されるのか・・・、本当にその選択が正しいのか不透明な中で進んでいくのはやや不安がありますが、日々ワクワクしながら過ごしています。

 

「最後に、起業を目指す方へアドバイスをお願いします。」

最終的に起業を目指す方が、とりあえず勉強のためと言って何も考えずに知名度の高い会社へ就職する例を見かけますが、それはやめた方がいいのではないかと思っています。私も有名な戦略コンサルティング会社への就職を視野に入れていたのですが、よく考えてみると、どうして入りたいと思ったのか不思議です。ベンチャー経営を学びたいと思うなら、大企業を相手にする戦略コンサルティング会社に入るのではなくて、自分でベンチャーを作って失敗するほうが近道です。失敗を活かして、次の会社を起業した際に成功すればいいと思います。いきなり自分で起業は・・・、という方は、まだ10人にも満たないような無名のベンチャーに入って、わけのわからない中もがくというのも手かもしれません。私が大学院の時に手伝わせていただいたベンチャーには、3人目として入ったのですが、非常に多くのことを学ばせていただきました。

いずれにせよ、失敗を乗り越えると「強くてニューゲーム」ができるんですよね。そしてもし本当にダメになっても、拾ってくれるところって絶対あるんですよ。起業や無名ベンチャーってリスクだと思われていますが、全然そんなことは無くて、とりあえずチャレンジしてみて、ダメでどうしてもお金がなくなったらどこかでサラリーマンをやるという形で良いと思います。

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