数多のM&A後のPMIを細やかなVC的支援でグロースに導くM&A巧者が語る、スタートアップへの期待

株式会社SHIFT|代表取締役社長 丹下 大氏

今回話を伺う株式会社SHIFT、代表取締役社長 丹下 大氏は、京都大学大学院を修了後、製造業向けコンサルティング会社に入社。3名のコンサルティング部門を5年で140名、売上50億円規模の組織に成長させた。2005年、SHIFTを創業。複数のビジネスに挑戦した後、2009年にソフトウェアテスト事業に舵を切り、テストの業務を標準化することで高い生産性を実現、業界を席巻する。2014年末の上場から株価は1400%以上となる快挙を果たす。そうして丹下氏は事業をビルドアップするとともに、M&Aも積極的に実践。SHIFTとして20社以上を取得し、「ONE-SHIFT」として各企業の技術力を生かした連携を行うなど、グループとしての価値を生み出している。そんな丹下氏に、M&Aの独自の流儀や秘訣、スタートアップへの投資・M&A・IPOにまつわる見解を聞いた。

 

時間をお金で買うM&Aでは、熱意ある交渉がカギになる

まず、御社におけるM&Aのソーシングは、丹下さん自身で手がけられているのですか。

M&Aを行うようになって約6年ですが、当初は友人や知人からの紹介案件がほとんどだったのもあり、自分でソーシングしていました。3年目からは専任でソーシング担当者を1人置きましたが、そこで挙がる年間250件ほどのリストは、私自身が全てチェックしました。ソーシングでは右脳が大切だと思っていて、私のセンスや考えに基づいてM&Aを行っています。既存概念で自社のポートフォリオを補完するようなM&Aでは価格競争になるのがオチですし、私なりの切り口でSHIFTでならこう伸ばせるという姿が見抜けたりするもの。人の意見や一般的なM&Aの常識、ノウハウは考慮しません。そうして年間5~6社のペースでM&Aを行ってきました。

2021年に新たなCFOが着任したのを機に、5~6名のソーシングチームを立ち上げました。これからより結果が出てくると思っています。

――本業も激務のなか、ソーシングを長年自身でされるほど、M&Aを重視しているのはなぜでしょうか。

M&Aはストレートにいえば、時間をお金で買うという話だからです。ですが、最初はM&Aするためのお金もないものでしょう。

そういうフェーズでの交渉については失敗談があって、私が最初にM&Aを試みたのは、2012年頃のこと。当時SHIFTの売上は5億円くらいでしたが、思い定めた会社にオールインするつもりで、SHIFTの株を半分オファーして合併を持ちかけました。それを、相手の社長に対面した初日に言ってしまったんです。「会ったその日に結婚しようと言われても判断できない」と、結果的には破談に終わりました。ですから、初日に詰めすぎないというのは教訓ですね。ただし、オールインするのは重要で、お金がなければ何かを提供すると心がけるべきだと思います。

 

――お金か、さもなくば心意気、ということでしょうか。

そうですね。この話には後日談があって、合併を断られた社長が、後に友人を紹介してくれました。そのときSHIFTは売上20億円くらいで、同等規模の会社です。実は別の上場企業に売却する話が進んでいたそうですが、私が直接出向いて熱く口説いたところ、その日のうちに「丹下さんとのほうが面白い」と、SHIFTに売却を決めてくれました。現在も順調で、売上は約5倍となっています。

そんなふうに自ら熱をもって夢を語り、その夢に乗ってみたいと思わせることが重要でしょう。

 

――ポートフォリオを補完するためのM&Aというのは、やはりされないのですか。

実際には案件ありきですね。今売りたいと顕在化したものについて、良ければ取りに行くということです。

 

 

M&Aは不動産投資と同じ。基準を示せば案件が集まる

――すると、丹下さんにとってM&Aを成功させるポイントは何でしょうか。

価格ですね。安く買っていれば、伸びるしかないので失敗という概念がなくなります。通常M&Aを検討する基準としてEBITDAマルチプル10倍以上の案件もたくさんありますが、基本的には8倍以下と決めて公言もしてきました。また、不動産投資と同じで、基準を明確にすると案件が集まりやすいんですね。

 

そうなると、大事なのは意思決定になりますが、私はフェルミ推定が得意で、その会社のホームページなどを見るだけでポイントが分かり、5分もあれば決められるんです。こうして意思決定が早く、デューデリ期間も短いということで、価格交渉もしやすいわけです。

 

もう一つ決めているのは、対価は現金で支払うこと。株式交換は、自社株を安く見積もることになるので、行いません。これは、初期にSHIFTのバリューが今ほどではなかったときの習い性ですが、自社株は上がるものと思って経営していますから、株式交換はするものではないと考えています。

 

――なるほど。そのほかにも丹下さん流のM&Aのポイントがあれば教えてください。

ITはマーケットとして、必ず伸びると考えています。人材不足は構造上の問題ですので、EBITDAマルチプルを基準値以下で買収できれば、あとは営業や人事などを整備すれば売上はついてくるでしょう。いちいち経営者を送り込んでSHIFTのやり方を押し付けたりはしません。そうではなく、本質的に社員のマインドを変えることが重要で、それには3~4年かかりますが、売上は伸ばせます。

PMIでは、やる気を引き出し、具体的プロセスの実践を促す

――買収した会社においても、社員のマインドが重要なのですね。

事業というのは「人」で決まるものなので、「やる気のある人に裁量を与える」ことが大事なんです。たとえば、M&Aされる会社は創業者が退任して、ナンバー2が新たに社長に就任することも多いものです。その際には、その人が本質的にやりたいことをコーチングして、自分ごととして社長業に取り組んでもらいます。経済面も配慮して、IPOよりSHIFTの役員としてストックオプションを得るほうがリターンが大きくなるよう設計します。そのうえで営業と人事も強化するので、技術に専念してもらう形でPMIを行うのです。とにかく、やる気を引き出すために、「トップや社名を変えない」「人事制度を変えない」などもポリシーとしています。

 

――それでも、売上が思うように伸びないときなどは、どうするのですか。

最初は10%程度しか伸びなかったりしますが、それは意識の問題なので、月次や四半期ごとのグループ経営会議で、その会社のビジネスモデルやキーファクター、存在意義などについて語り続けます。そうして、クライアントがなぜあなたの会社にSIを発注するのかを深く考えてもらう。その存在意義をミッションとして定めます。

 

次にビジョンを決めてもらいますが、これは耳障りのいいキャッチフレーズではダメで、たとえば売上100億円を達成するためには、何の技術が必要で、どういうアセットを持つべきかなどとブレークダウンして、ビジュアルで示すものでなければなりません。こうしてミッション(存在意義)とビジョン(数値目標)が決まったら、コアバリューを決めて、会社が生み出す価値を言語化してもらいます。

 

――プロセスが非常に具体的です。それを丹下さん自らが課していくのですね。

そうですね。PMIでは、その会社ができることを整理し、腹落ちしてもらうことが大事なんです。その腹落ちの度合いに応じて管理しています。

あとは、経営チームを確立することですね。上場していない会社は、経営チームが機能しなくてもなんとなく稼動できてしまっているものですが、会社を成長させるには必要だということをしっかりと伝えています。

エンジェル投資先の基準は「30代×ビジネスの実績×営業スキル」

――お聞きしていると丹下さんのM&Aのスタイルは、企業再建など、一般的なM&Aとは違い、経営者に任せて支援し、グロースを目指すという意味では、VCに近い印象です。1点異なるのはシェアの考え方ですが、マジョリティにこだわる理由は何でしょうか。

それはコントロールできるからです。M&Aの目的は売上と利益のためですから、51%以上でなければ意味がありません。できれば100%が望ましいです。

 

マイナー出資を積極的にはしないのは、労力の割りに得るものが少ないからで、効率を考えてのことです。株価を意識しているからでもありますね。もし世界一の天才を引き上げることが目的なら、マイナー出資はありでしょう。しかし、私は99%の人は天才ではないと思っていて、その人たちのより多くが一歩でも前進すれば世の中が大きく変わると信じています。1人の天才で引き上げようとは思わないので、マイナー出資はあまり考えません。

 

――ご自身でエンジェル投資もやっておられますが、スタートアップに対してはどうお考えですか。

エンジェル投資はいわゆる投げ銭と割り切っています。また、マイナー出資という意味で言うと、SHIFTでいくつか行っていますが、基本的には資本業務提携。セキュリティやマーケティング、仮想通貨などSHIFTにプラスになる技術への投資です。

 

ドレイパーのDNX Venturesファンドで、VCにとっては難しいシード投資やエンジェル投資を任されており、これまでに7社の投資実績があります。投資基準を明確に定めていて、30代以上で何らかの実績があり、営業ができる人を対象にしています。20代はホームランを打つことはあっても、事業を知らないので成功する確率が低いと考えているのと、営業ができれば2塁打や3塁打、バンドだってできるので、これも確度が高いと見ています。一般的にVCでは若手への投資や、Web3.0などへのテーマ投資が好まれますが、それとは志向が異なりますね。

 

――丹下さんは、京大の創業者を支援する、京都エンジェルファンドの発起人も務められています。これはどういった思いからですか。

もともと出身地や母校など、縁のあったコミュニティーには貢献や支援を行いたいと考えていました。支援は無尽蔵に行うわけにもいかないので、同郷や同窓でタグ付けをしているのです。生まれ育った広島県や、大学院を出た京大の案件では、基本的にノールックで投資するスタンスでいます。大学は同志社だったので、もしコミュニティーができれば、そこも対象としたいですね。

 

スタートアップのM&Aが日本で盛り上がらないワケ

――VCとM&A両方を経験されている丹下さんにぜひ伺いたいのですが、どうすれば日本のスタートアップのM&Aは増えるでしょうか。また、日米差がここまで極端なのは、なぜなのでしょう。

私見ですが、まず1つは、米国のM&Aは相手を潰すためにやっている側面があるということです。そのサービスが競合となる可能性があればM&Aを働きかけ、エンジニアを手に入れたらその会社は終わらせるというのが、日常茶飯事です。

 

2つ目には、米国の投資家はEBITDAで投資判断をしますが、日本のサラリーマン投資家は営業利益や純利益で判断するので、M&Aに至りにくいといえます。

 

3つ目に、日本の会社や経営者は自前主義が根強く、人が創ったもので会社を成長させようとは考えないところがあります。一方、米国ではR&Dに時間をかけるより、良いものがあればすぐ手に入れてしまうわけです。これは、日本の経営者が改めるべき点だと思いますね。

 

――たしかに、大手企業が新規事業で何十億円もの予算をつけて取り組もうとしていたりしますね。M&Aは、時間をお金で買うことだと考えれば、そのほうが経営にはプラスに思えます。

全体観でいえば、私はBS経営をしていて、PLでは見ていない。つまり、単なる事業利益ではなくて、どのBSでどうリターンを出していくかを常に考えています。よく「天井がないマンション」に例えますが、マーケットがないということは、投資をすればするほど天井がないので部屋を作れる。そうすれば、そこに入居者を入れればよいだけなので、お金を使えば使うほど、トップラインが出るわけです。

 

このようにマンションを建設するよりも買う、つまりM&Aする場合は、投資リターンは低いけれど、余っている資金を再利用するだけでできるのです。そのように割り切って、BSとPL、M&Aを整理して考えられる経営者が日本には少ないように思います。

IPO前のスケールは、営業が勝敗を分ける

――ここまではM&Aの切り口で伺ってきましたが、IPOでよくある批判に「IPOゴール」という言われ方があります。丹下さんはどう思われますか。

持論で、IPOはニッチでNo.1になってからすべきだと考えています。具体的には、売上100億円が目安ですが、そのときにニッチでNo.1の技術を使って、今度はビッグマーケットに対してBSを付け足してチャレンジする。だから永続的に成長できるのです。言い換えれば、永続的に成長できると思うからIPOするわけですね。

 

一方で、IPOゴールというのはそうしたことを考えずに、とりあえず1プロダクト、1サービスで当たったから上場したようなもので、サステナブルとは言いがたいでしょう。やはりIPOは、売上100億円を超えてからにすべきだと個人的には思います。

また、IPOを会社や採用のブランディング、あるいは創業者利益などを目的として考えがちですが、単に資金調達の手段だと割り切って考えるべきで、上場後に株価を上げる努力をしないなら、IPOする意味はないでしょう。

 

――SHIFTもIPO前には1プロダクトの時代があったわけですが、いま苦労している起業家はほとんどが1プロダクトです。それを、かつてのSHIFTのようにスケールさせていくには、どうすればよいでしょうか。

2つあって、まずSHIFTの勝因は、IT企業のライトなカルチャーながら、金融系の堅い会社への法人営業ができたことにあります。そのために、普段着ることのないスーツも着ました。つまり、相手のプロトコルで話ができるかがカギで、年長者を重んじるとか、少し我慢したりすることも大事。自分たちのカルチャーのままチャレンジしても、堅い岩盤は越えられません。

 

2つ目は、お客様のペインの本質を考え、そのお客様の価値を最大化させられるように、新しい事業を創っていくことです。テストの先には開発やデザインがあり、セキュリティや人材紹介も求められるかもしれない。ペインの本質は、DX化で利益を上げたいということであり、テストはその手段の1つでしかないので、他の手段も考えればよいのです。

さらにいえば、ペインの先のもっと大きなペインまで、俯瞰して見ることも大切です。カウンターパートが情シスかマーケティングかCEOかによって、アピールするポイントは変わりますし、そう考えるとアップセルやクロスセルができるはずなのです。

 

これは、若くして起業してビジネス経験がないと、見通すのが難しいかもしれない。目の前のことで一生懸命課題解決しようとしてもビジネスは広がりません。一度就職して、別の業界も見ておくのも大事だといいたいですね。

 

前の記事へ 一覧へ戻る
東大IPCの
ニュースを受け取る
スタートアップ界隈の最新情報、技術トレンドなど、ここでしか得られないNewsを定期配信しています