無線の「扱いづらさ」をなくし、有線に匹敵する高品質なセンシングを誰でも実現可能とする
東大IPCではベンチャー企業の投資だけでなく、プレシードベンチャーや起業家に対する様々な支援活動を行っております。この度は、第一回起業支援プログラムで採択されたソナス株式会社の大原CEOと鈴木CTOにお話を伺ってきました。ソナス株式会社は採択後に順調に事業拡大し、2018年10月にはプログラム審査員を務めたグローバル・ブレイン等から3.5億円の資金調達を発表されています。
現在はプロダクトを販売していくフェーズとなっていますが、ここに至るまでにはお二人の強固な信頼関係から始まった歴史がありました。お二人が東京大学時代に開発に携わった技術が事業の土台となっている東大関連のテクノロジーベンチャーです。
「まずは、事業概要のご説明をお願いします。」
大原:
弊社では、無線の「扱いづらさ」をなくし、有線に匹敵する高品質なセンシングを誰でも実現可能とする、ルーティングしないマルチホップ省電力無線「UNISONet」を提供しています。無線を利用したセンサデータの収集が最近流行ってきましたが、やってみるとうまくいかないことも多いです。例えば、安定したネットワークを構築できない、データが抜けてしまう、バッテリーが思ったより持たない、センサノードごとにセンシングする時間がバラバラであるといった点で苦労します。
我々は現在、橋梁などの構造物を対象とした加速度センシングシステムを主力製品としています。橋梁で取得したデータの解析では、離散フーリエ変換を行ったり測定点間の相関を見るため、センサノード間の時刻同期やデータ抜けがないことは前提となります。また、橋梁内の測定点はアクセスの悪いところにあることが多く、消費電力を抑えて数年バッテリを持続させなければなりません。それらを全て解決しているのが弊社の無線通信技術UNISONetです。例えば、茨城県の橋梁にUNISONetを搭載したセンサノードが55台程度置いてあるのですが、そこで取得した高品質な加速度データを、インターネットに随時アップロードしています。基地局まで含めて全ノードが電池で動いています。アップロードされたデータを使って、土木分野の研究者・技術者が解析を行っています。
「顧客が土木業界メインとなっているようですが、何か理由はあるのでしょうか?」
大原:
もともと東京大学に所属していた時から橋梁のモニタリングを我々のIoT無線の1つの応用として見据えており、今もメインの業界になっています。橋梁は、電波の障壁や反射の原因となる金属が多い、長大橋になると1km程度の範囲が必要となる、データ量が多い、期待されるバッテリ持続時間が長いなど、品質や性能への要求が非常に高いです。この要求に応えることで、我々のUNISONetを鍛えることができ、幅広い業界に展開可能となります。このようなプロセスを通じて我々しか提供できないものが生まれ、適用領域も増えることで成長につながると考えています。
「様々なキャリアが考えられる中、あえて起業されようとした理由は何だったのでしょうか?」
大原:
起業を決断した時のことはよく覚えています。前職ではソニーに勤めていましたが、私はソニーという会社や同僚のことが大好きでした。一方で、毎日同じ時間に家を出て片道1時間30分かけて通勤し、それなりに仕事をこなして帰宅するという繰り返しに少しずつ違和感を感じるようになりました。子供も授かり時間の使い方に悩む日々の中で、ある朝目覚めた瞬間に、その日自分が何をするのか自分で決めたいと強く思いました。そして、「自分が社会に与えられるインパクト」と「自身の成長」のベクトルを揃えて、後悔しない時間の使い方ができる一番の近道が起業だと考えました。
鈴木:
大学はご存知の通り有期雇用が多く、僕の場合は5年契約でした。3.5年目くらいのタイミングで、今後も今の研究室にいるか、他の大学に行くか、起業するかと悩んでいました。たまたまそのタイミングで、同じく当時悩んでいた大原と飲むことになりました。色々と話す中で、なら一緒にベンチャーをやろうという話になりました。もし、1人だったら起業する決断はついてなかったと思います。ちなみに、その時にいた焼肉屋が火事になって、二人で煙の渦巻く中で話していたのですが、その勢いもあったと思います(笑)。
「お2人は昔から信頼のおける間柄だったのでしょうか?」
鈴木:
僕は大原を直接指導する立場だったのですが、研究でも長時間話しましたし、ダイエット勝負をしたり、一緒にカラオケへ行ってビブラート能力を競ったり、とにかくストイックに色々挑戦しました。卒業してからもよく会っていました。大原は当時から学生をまとめる存在でしたし、先輩や教員に対しても、おかしいと感じたことは侃々諤々議論するなど、リーダーシップが素晴らしかったです。その点で、一緒にやる社長としてベストと思っています。
大原:
私と鈴木は同じ研究室出身で、外から見たら同じように見えるかもしれませんが、思考や得意分野が全然違います。タッグを組むことでお互いに補填しあうことができる。例えば私は俯瞰的な理解で満足することが多いですが、鈴木は、いい意味でも悪い意味でも、とことん考え抜きます。鈴木が長く考えて出した結論は正しいことが多く、また本人がそれを強固に信じています。起業時も、これだけ長くやってきた研究を、鈴木が筋の良い技術だと言っているのだから間違いない、という信頼は圧倒的にありましたね。
「他の参画メンバーとはどのように出会ったのでしょうか?」
大原:
創業者の3人は同じ研究室出身です。鈴木と話して意気投合した後に、私は大学に戻り、再度1年程度研究室に所属しました。そこで、もう一人の創業者である神野と出会いました。神野は卒論テーマでUNISONet(当時Choco)に関わり、この技術で起業したいという意思が当初からあったため、3人で創業することにしました。創業当初は、私と鈴木の間で喧嘩が絶えなかったのですが、神野がうまくバランスをとってくれて非常に助けられましたね。
その後加わった3人のエンジニアメンバーもキャリアのどこかで研究室に絡んでいます。
南は元准教授で私が修士でいた時の先生、川西は研究員として所属していました。黒岩は社会人博士で研究室に来ていました。神野の紹介で入社し、ビジネスサイドを担当している奥寺も東大出身ですが、初の研究室外メンバーです。
「事業を始めてから楽しかったことは何でしょうか?」
大原:
私は自分でいろいろなことを決められることがすごく楽しいですね。朝何時に起きてその日一日何をするのか自分で決められる、自分の信頼がおける仲間と同じベクトルを向いて走れる、またその方向を決めるのも自分たちなので、それはめちゃくちゃ楽しいです。ソニーにいたときには持てなかった感覚です。
鈴木:
大学も変化している最中だと思いますが、ワクワクするものであっても、論文化が難しいことは、どうしてもやりづらい雰囲気があります。そういったことの開発に、迷いなく時間を使えるのは、起業してよかったと思うことの1つです。昨日、ちょうどそういった実装が一段落ついたのですが、これでより多くの人にこの技術が届けられると思うと、気分が高揚しますね。
「では一方で、事業を始めてからつらいことは?」
大原:
ベンチャーであるがゆえに、高い給料を払いづらいことです。メンバーには本当は今の倍くらい払いたい。それができない状況がつらいです。仕事内容等、お金以外の部分で価値を感じてもらうように、出来る限り働きやすい環境は頑張って整えるようにしています。
「創業当初の資金や資金調達の経緯は?」
大原:
我々も当初からベンチャーキャピタルからの出資を前提に動いていましたが、大学を飛び出してから1回目の資金調達まで半年くらいありました。そこは私と鈴木で500万円くらいお金を出し合って繋ぎました。1社目のベンチャーキャピタルは、ここのシェアオフィスを運営しているANRIです(※取材当時、ソナス株式会社はANRIが経営するインキュベーション施設に入居していた)。東大のエッジプログラム(起業支援プログラム)でANRIの投資担当と出会い、シェアオフィスへの入居を経て出資に至りました。2社目のベンチャーキャピタルのグローバル・ブレインとは、東大IPC起業支援プログラムの面接で出会いました。面接時はまだ粗かった技術の価値を当初から理解いただき、事業計画にも継続的に助言をいただき磨き上げた結果、出資いただきました。
「今の段階の課題は何でしょうか?」
大原:
課題だらけですが、一番は人が足りないというところですね。UNISONetの開発はもちろんのこと、センシングシステムとしてユーザに使っていただくためのコンソールソフトウェアやクラウドシステムのUX向上など、やりたいのに手を付けられていないことが多いです。また、最強のエンジニアチームと両輪となってソナスを飛躍させる、精鋭のビジネスチームも必要です。現在、全力で採用活動を進めています。
「起業するか悩んでいる方に向けてアドバイスをお願いします。」
鈴木:
アカデミックの人に向けて言うと、キャリアの1つの候補として考えると良いかと思います。今は、大学発ベンチャーに期待している投資家も多くなっていますし、チャンスは、あると思います。僕らの投資家もTwitterでよく大学の研究者との出会いを探しています。
大原:
起業に関する知識やノウハウは今や様々な形で手に入りますが、実際にはやってみないと理解できないことが多いです。ですので、小さくても良いのでやってみるといいと思います。副業みたいな形で試すのも良いと思います。ただ最後はフルコミットしないとどうにもなりません。スマートに検討を進め、大胆に決断してもらえればと思います。