アントレプレナーシップとは?求められる背景や事例、教育を解説
【目次】
アントレプレナーシップとは?
アントレプレナーシップとは、新たな事業を創造し、リスクに立ち向かう精神・姿勢のことです。英語では、entrepreneurshipと表記されます。
アントレプレナーシップは、さまざまな学者から多様な定義付けがなされています。例えば、経営学者のピーター・ドラッカーによると、アントレプレナーシップの定義は、「イノベーションを武器として、変化のなかに機会を発見し、事業を成功させる行動体系」です。
また、ハーバード・ビジネス・スクール教授のハワード・スティーブンソンは、アントレプレナーシップを「コントロール可能な資源を超越して、機会を追求する精神」と定義しています。
その他にも20世紀前半の代表的経済学者の一人である経済学者ヨーゼフ・シュンペーターは、「イノベーションを遂行する当事者」を指す経済的用語として定義しています。
アントレプレナーシップが求められる背景
近年、日本企業においても、イノベーションをもたらし新たな価値を創出するための思考・行動要素として、アントレプレナーシップが大きく注目されています。
本章では、アントレプレナーシップが企業に求められるようになった背景の代表的な例として、以下の4項目を取り上げます。
- 雇用形態の変化
- グローバル経済の進展
- 変化に対応するイノベーションの創出
- 企業は不確実な時代に対応しなければならない
それぞれの項目を順番に詳しく紹介します。
雇用形態の変化
経済情勢の移り変わりに伴い、これまで多くの日本企業が続けてきた終身雇用や年功序列などの制度が変革を求められています。
このように雇用形態が変化する中で、企業がただ上司からの指示を待っているだけの人材を多く抱えていると、企業としての成長が伸び悩み、また仮に業績が悪化した場合にも効果的な打開策を見いだせず、最悪の場合、廃業・倒産に追い込まれてしまうかもしれません。
廃業・倒産となれば、従業員の雇用を守ることはできません。そのため、企業側から従業員にアントレプレナーシップの精神を身につけることを促し、従業員に自律自走してもらう働きかけは非常に重要です。
グローバル経済の進展
より広大で未成熟な市場を求めて、多くの日本企業が海外市場に進出し、経済活動を行っています。しかし、世界市場では経済状況や市場ニーズなどが急速に変化を続けており、これらに対応できる商品・サービスを開発・提供できなければ他企業との競争には勝てません。
こうした状況において日本企業が世界で活躍するためには、アントレプレナーシップを身につけたうえで、変化を続ける市場環境に柔軟かつスピーディーに対応していくことが望ましいです。
今後もグローバル経済の発展が進めば、常に社会の先端を見据えられるアントレプレナーシップの精神がより強く求められるものと予想されています。
変化に対応するイノベーションの創出
2010年以降、世界経済では「VUCA」の時代が到来したと考えられています。VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った言葉であり、「変化が激しく、あらやるものを取り巻く環境が複雑性を増し、想定外の事象が発生する、将来の予測が困難な状態」のことです。簡単にいうと、現代は従来のやり方が通用しにくい状態にあります。
企業がこうした状態に対応するには、トップダウンの意思決定ではなく、現場からのボトムアップの活用をこれまで以上に重要視することが望ましいと考えられています。
そこで、ただ指示を待つのみの人材ではなく、自発的にビジネスに取り組んで結果を追求する人材や、新しいことに積極的にチャレンジしてイノベーションを創出する人材、高い創造意欲を持って行動できる人材などが求められる傾向にあるのです。
企業は不確実な時代に対応しなければならない
上記の3つの項目で取り上げたように、現代は、社会や経済、さらには顧客ニーズが激しく変化を続けており、企業としては、これらの変化に柔軟に対応しなければ存続していくことが困難な状況になっています。
これを受けて、企業では、多種多様な価値観を理解したうえで、社会ニーズや変化に対して常に敏感に対応できるアントレプレナーシップを備えた人材を求めているのです。
以上のことから、起業家に留まらず、企業に勤務している人においても、アントレプレナーシップの精神を身につけることが望ましいと考えられています。
アントレプレナーシップが発揮された事例
本章では、アントレプレナーシップが発揮された事例として、それぞれ社内ベンチャーの事例を3件、連続起業家(シリアルアントレプレナー)の例を3件取り上げます。
アントレプレナーシップが発揮された社内ベンチャーの事例
まず紹介するのは、社内ベンチャーの3件の事例です。
- スマイルズ
- リクルートマーケティングパートナーズ
- ルネサンス
スマイルズは、2000年に遠山正道氏により設立された、三菱商事初の社内ベンチャーです。女性をターゲットに、スープ専門店「Soup Stock Tokyo」を運営しています。
遠山氏が1999年に東京都江東区に第一号店を出店し成功を収めたことから、三菱商事の外食サービス事業ユニットから独立した社内ベンチャーとして設立に至った経緯があります。現在は首都圏を中心に約50店舗を展開しているほか、飲食店だけでなく雑貨屋の経営など他のジャンルの事業も手掛けています。
リクルートマーケティングパートナーズは、2012年に設立された、リクルートホールディングスを親会社とする社内ベンチャーです(2021年4月、リクルートとの吸収合併により消滅)。個々人のライフイベントに寄り添った事業を展開していました。
中でもオンライン学習アプリ「受験サプリ(現:スタディサプリ)」は、地域差や所得差による高校生の教育格差をなくしたいという思いから、リクルートグループの新規事業提案制度「Ring」によって誕生しています。
主に小中高生向けに有名予備校講師が出演する授業動画を提供しており、予備校よりも安価な費用で利用できる、いつでもどこでも勉強できるなどといった理由から事業を成功させました。
ルネサンスは、1982年に斎藤敏一氏により設立された、印刷インキ、有機顔料などの製造・販売を手がける大日本インキ化学工業(現DIC)発の社内ベンチャーです(当初は「ディッククリエーション」)。主な事業として、スポーツクラブ「スポーツクラブ ルネサンス」の運営などを手掛けています。
ルネサンスの歴史は、1979年に創業された「ディックプルーフィング」のスポーツ事業部にまで遡ることができます。1982年にディックプルーフィングから独立する形でディッククリエーションが設立されました。
その後は2003年に現在と同じ「ルネサンス」に社名を変更し、同年ジャスダックに上場、2004年に東証2部への上場を経て、2006年には東証1部に指定替えを果たしています。
アントレプレナーシップを発揮している連続起業家
次に紹介するのは、連続起業家の3件の事例です。
- 家入一真氏
- イーロン・マスク氏
- リチャード・ブランソン氏
家入一真氏は、GMOペパボ、CAMPFIREの創業者として知られている日本の連続起業家です。2001年に個人向けホスティングサービスを主要業務とする「マダメ企画」を設立して以来、「paperboy&co.(現:GMOペパボ)」「パーティカンパニー」「ハイパーインターネッツ(現:CAMPFIRE)」「パーティファクトリー」「Liverty」「creww」「BASE」「XIMERA」「NOW(ベンチャーキャピタル)」などさまざまな業種のベンチャーを設立してきました。
イーロン・マスク氏は、アメリカの連続起業家です。これまでに、「PayPal社」「テスラ・モーターズ社」「スペースX社」など、デジタル決済から電気自動車、宇宙事業の分野でベンチャーを設立しています。
リチャード・ブランソン氏は、イギリスの連続起業家です。複合企業体ヴァージングループの創設者として知られるほか、音楽産業、航空産業、携帯電話事業、飲料水事業、映画館事業、鉄道事業、金融事業などへの参入を果たしました。
中には失敗して早期撤退を余儀なくされることもあったものの、いくつかの事業で業界の慣習を破った新機軸を打ち出したことで成功を収めています。近年では、2004年に「Virgin Galactic」を設立し、宇宙旅行事業にも参入しました。
彼らのようなアントレプレナーについて以下記事で解説しているので、様々なタイプのアントレプレナーについて興味があればご一読ください。
アントレプレナーシップを育成する教育事例
一般的に、アントレプレナーシップを発揮するには、以下のようなスキル・精神を備えることが望ましいと考えられています。なお、これらは必須ではなく、あれば助かるというものです。
- リスクに対するポジティブさ
- 未来をイメージできる
- 解決したい社会課題がある
- アイデアに対する自信
- 優れたマネジメント能力
- 新しいビジネスモデルやイノベーションを生み出す創造性
- 人脈・人的ネットワークの構築力
- 学び続ける意欲
- 力強いリーダーシップ
上記のようなスキル・精神を養いたいという場合、以下の機関や事業が手掛ける教育が役立つ可能性があります。
- 大学
- ビジネススクール
- 文部科学省の次世代アントレプレナー育成事業(EDGE-NEXT)
ここからは、それぞれの機関や事業が手掛ける教育事例を順番に紹介します。
大学
大学の中には、アントレプレナーシップに関連する教育を提供する機関が見られます。一般的に、アントレプレナーシップは、経営学・商学・ビジネス学・法学・経済学・総合政策学・教養学などの学科で学ぶことが可能です。
近年では、アントレプレナーシップの教育を専門的に手掛けている大学もあります。例えば、東京大学では、起業やスタートアップ(ベンチャー)に関する講義・講座を提供しています。そのうちの1つとして、「東京大学アントレプレナー道場」と呼ばれる、起業やスタートアップ(ベンチャー)について初歩から体系的に学ぶ一連のプログラムなども提供中です。
また、武蔵野大学では、2021年4月にアントレプレナーシップ学部を創設し、起業家精神を持って新たな価値を創造できる実践的な能力を身につけた人材の育成を開始しています。
スタートアップについては以下記事で詳しく解説しているので、興味・関心がある方はご一読ください。
ビジネススクール
経営大学院や夜間大学などのビジネススクールにおいても、MBAプログラムを通じてアントレプレナーシップに関する教育を提供しています。
ビジネススクールでMBAを習得するには、ケーススタディを通じて実践的なビジネススキルを学習する必要があります。ここでは、さまざまな企業の事例を用いてケーススタディを行えるため、不可能を可能にするための精神やリーダーとしての考え方などを養えるのです。
また、分析力・洞察力・論理的思考力・戦略構築力など、アントレプレナーシップを発揮するうえで備えていると望ましいスキルも養成できます。
文部科学省の次世代アントレプレナー育成事業(EDGE-NEXT)
文部科学省では、「次世代アントレプレナー育成事業(EDGE-NEXT)」を通じて、複数の大学が連携したコンソーシアムに対して、アントレプレナー育成のための実践プログラムの開発やそのために必要なネットワーク構築・体制整備などを支援することで、アントレプレナーシップの醸成を促進しています。
2017~2020年度の実績では、本事業の展開するプログラムの参加者は約38,600名、起業件数は135件に及んでいます。
出典:文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域支援「アントレプレナーシップ教育の現状について」
アントレプレナーシップを育める企業が心がけること
前項ではアントレプレナーシップを育成する機関や事業の事例を紹介しましたが、企業においてもアントレプレナーシップを育成していく姿勢が大切であると考えられています。
そこで本章では、企業がアントレプレナーシップの教育を取り入れる際に心がけることが望ましいポイントの代表例として、以下の4項目を紹介します。
- 新しいアイデアを否定しない
- 失敗が認められる
- 既存の事業に囚われない
- 仕事の裁量権を持たせる
それぞれのポイントを順番に詳しく紹介します。
新しいアイデアを否定しない
たとえ従業員がアントレプレナーシップを習得していたとしても、経営陣が否定的な姿勢を見せれば、ビジネスに対する従業員のモチベーションを低下させるおそれがあります。
アイデアを積極的に出し合える雰囲気を作ることで、新規事業の創出および飛躍につなげられる可能性があることから、新しいアイデアを否定せずに、まずは実現可能かどうかを検討することが望ましいです。
仮にそのままの状態では実現化が困難なアイデアであっても、少々変化させることで実現可能性が高まるケースもあります。
失敗が認められる
アントレプレナーシップを育成する際は、企業内に失敗を許容する風土を醸成することも望ましいです。反発から守られて、失敗が認められている環境を作ることで、社内から新事業や企業家を生み出しやすくなります。なお、失敗から生まれた技術を応用することで、思いがけない商品やサービスを生み出せる可能性もあります。
既存の事業に囚われない
企業が既存の事業に囚われている状態では、たとえ従業員がアントレプレナーシップを発揮して新たなアイデアを生み出したとしても、これに対して既存事業を基準に評価を行ってしまうおそれがあります。これにより、生み出されたアイデアの重要性や価値が企業内で共有されず、その推進を制約し、停滞・頓挫させてしまう可能性が考えられるのです。
もちろん、既存事業の運営・推進も大切です。しかし、企業内に蔓延する常識を払拭できなければ、イノベーション創出のジレンマに陥ってしまい、新規事業の成功が妨げられるおそれがあります。
そのため、時代の変化に対応したイノベーションの創出を期待する場合、従来の制約に囚われず、新たな試みに積極的に挑戦できる土壌を醸成していくことが望ましいと考えられています。
仕事の裁量権を持たせる
一般的に、アントレプレナーシップを育成するには、自由な発想が求められると考えられています。このことから、企業内で従業員が裁量権を持てるような働き方を導入することも望ましいです。
例えば、時短勤務や在宅勤務、テレワークの制度を導入すれば、働き方の多様化に伴い、従業員が仕事以外で経験を積みやすくなります。このように自由な働き方から得た新しい知識を通じて、従業員のアントレプレナーシップを育成するきっかけになる可能性もあります。
また、一般的に、仕事の裁量権を持つと心にゆとりが生まれ、仕事とプライベートの双方が充実して、従業員の仕事に対するモチベーション向上にもつなげられると考えられています。さらには、仕事の裁量権により責任感を持たせることも、アントレプレナーシップを育てることに有益です。
まとめ
アントレプレナーシップとは、起業家的行動能力のことであり、新たな事業を創造し、リスクに立ち向かう姿勢を意味します。近年、日本企業においても、イノベーションをもたらし新たな価値を創出するための思考・行動要素として、アントレプレナーシップが大きく注目されています。
アントレプレナーシップを発揮するには、一定のスキル・精神を備えることが望ましく、これには「大学」「ビジネススクール」「文部科学省の次世代アントレプレナー育成事業(EDGE-NEXT)」などが手掛ける教育が役立つ可能性があります。
合わせて、企業でアントレプレナーシップの教育を取り入れる際には、「新しいアイデアを否定しない」「失敗が認められる」「既存の事業に囚われない」「仕事の裁量権を持たせる」などのポイントを踏まえて風土を醸成していくことが望ましいです。
DEEPTECH DIVE
本記事を執筆している東京大学協創プラットフォーム開発株式会社(東大IPC)は、東京大学の100%出資の下、投資、起業支援、キャリアパス支援の3つの活動を通じ、東京大学周辺のイノベーションエコシステム拡大を担う会社です。投資事業においては総額500億円規模のファンドを運営し、ディープテック系スタートアップを中心に約40社へ投資を行っています。
キャリアパス支援では創業期~成熟期まで、大学関連のテクノロジーシーズを持つスタートアップへの転職や副業に関心のある方とのマッチングを支援しており、マッチングプラットフォーム「DEEPTECH DIVE」を運営しています。マッチング先の企業は投資先です。投資先との密なやり取りで得た確かな情報とベンチャー・スタートアップ界隈を知り尽くしている私たちだからこそできる知見を基に、転職や副業したい方を丁寧にサポート・お繋ぎいたします。
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